見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
夏休み
夏休みに入り7月も終わりに差し掛かると、夏の暑さは一層増し、外に出るのも億劫になる程の怠さを容赦なく突きつけて来ていた。俺たちは、その暑さを紛らわすべく暑い中プールへと足を運んでいた。夏休みということもあり、中には人混みに溢れていた。内訳としてはほぼ8割が学生で、あとは子供連れの家族がいるくらいだった。こう人が多いと、体感が暑さをさらに強くさせているように錯覚させる。こうなると、ここに足を運んだ時点で本末転倒だったのかもしれないが、今更考えてみる無駄でしかない。

「おい涼磨!ウォータースライダーめちゃくちゃ面白いぞ!」

そんな中、慎一は一人でウォータースライダーを周回して自分の世界に入り込んでいた。

一方春乃はというと、家の用事で今日行けなくなったと昨夜連絡があり今日は珍しくいないのだ。

(ガキかあいつは...)

列に並んでいるのは、ほとんどが慎一よりも一回り小さい子供だったので中で浮いていた。

「.....恵理、何やってんだ?」

視界の隅に映った恵理は、さながら水に入るのが初めての猫のように、水に浸かろうとしては手を引っ込めていた。

「え、いや、なんでもないわ!」

まさかプールに入るのが初めてだとでも言うのだろうか?それとも流れるプールにビビっているのか。

「.....泳げないなら無理しなくてもいいんだぞ?あっちに浅いプールだってある」

「浅いプールって子供用のでしょ?絶対嫌!」

しかし、それは恵理のプライドを傷つけるようで、断固拒否という感じでそっぽを向いてしまった。

「そもそも恵理、お前泳げるのか?」

泳げるかの可否を聞いただけで、あからさまに動揺を見せる恵理。

「泳げないんだろ?だったら...」

俺は小さくため息をつきつつそっぽを向いて腕を組む恵理を見つめる。

「泳げるわよ!私が泳げないわけ無いでしょ!」

すると、いきなり泳げないなんて認めない!などと言うように声を上げたと思いきや、覚悟を決めたと言わんばかりの飛び込みを見せた。

「飛び込みは危ないからやめてください!」

飛び込んだ恵理にプールの監視員が注意を呼びかけるが、肝心の恵理の姿がない。

(お、おいまさか)

子供のように静かに溺れているなんてことはないだろう。しかし姿が見えないのを見ると、もしかしたらそうなのかもしれないという疑念が湧き上がってくる。俺は飛び込まないように、だが速やかに着水すると、ゴーグルをつけて潜り込む。

(まさか足がつく場所でも溺れるなんて思ってなかったぞ!)

たかがプールという油断が判断を鈍らせた。そう思うと、もう1つの選択肢だった海は選ばなくて正解だったのかもしれない。

流れる水の中目を凝らして探していると、前方に恵理の姿が見えた。

俺はホッとしつつ急いで向かう。恵理はやはり溺れかけていたようで、顔が少し疲れを帯びていた。

「大丈夫か?」

「....え?」

今気づいた、というように顔を上げる。見た感じは大丈夫そうだが、いつもの元気を失っているように見える。

「あ、うん....大丈夫」

ゆっくりと立ち上がり足がつくことを確かめると、恵理は一転ホッとしたような表情になった。俺は、恵理の腕を引いて涼しい木陰へと促す。

「泳げないなら泳げないって言えばいいのに...強がるなよ」

「....そうだね」

いつもより何倍もしおらしい様子に拍子抜けしてしまう。

(いつもの威勢は何処へやら...)

体育座りで縮こまっている恵理だったが、が、俺の方へと寄っかかってきた。

一瞬エッと思い離れようとしたが、今の恵理から離れるのも忍びなく、そのまま支える選択肢を選んだ。

「ねえ、涼磨」

「ん?」

「何で涼磨は私にそんなに優しくしてくれるの?いつもあれだけ強く突っぱねるように接しているのに」

それは本心からでは無いということはこれまでの付き合いでよくわかっている。いつも俺が折れて恵理を受け入れるのは、だからこそなのだ。

「そんなの聞くまでもない、恵理が大切な友達だからだ」

俺はもう自信を持って言える。天文部は俺の家族であり、大切な仲間であると。

「....友達、か。私は涼磨のそれ以上になれるの、かな?」

半ば独り言だったのかもしれない。しかし、その言葉は最早告白のようなもので、それは俺にダイレクトに突き刺さった。

「それって.....」

「.....涼磨、なんか初めて会った時と大分変わったね。最初はあれだけいがみ合ってたのに、私はなんでこんなやつに惹かれちゃったんだろ」

惹かれちゃった。このワードがもう全てを表していた。そのまま告白の言葉を紡ぐことができない恵理らしいアプローチだ、と思った。

俺にとって初めての告白。動揺を隠せるはずもない。しかし、その中で俺は確かな感情が芽生えてきたのがわかった。

(ああ、そうか)

俺は知らないうちに春乃に惹かれて、好きになっていたのだ。この気持ちに嘘偽りがないことを、この恵理の告白に対する俺の気持ちが証明していた。

「あのさ、俺...」

「いいの!その先は言わないで。気にしなくていいから!」

恥ずかしさを紛らわすかのように顔を背けるが、俺に口を止めることはできなかった。

「いや、聞いてほしい。俺さ、今の恵理の言葉、すっごく嬉しいんだ。恵理のこと、本当に大事な仲間だと思っているからさ。でも俺...」

そこから先は言葉が出てこなかった。これを言ってしまうのはあまりにも俺の心が許容できるものではなかったから。

「その先は言わなくていいよ。私、分かっているから」

その先をどういう風に解釈していいのかわからないが、これ以上は言うのに勇気がいることだったから、俺はその先を言わないことにした。

「ほら、行こう!泳ぎを教えてね、涼磨!」


先程までの弱々しさはどこへ行ったのか、恵理は俺の手首を掴んで俺を引っ張っていった。


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