Shine Episode Ⅰ


「よろしかったら、水穂さんもお夕飯をご一緒にいかがですか?」


「そりゃいい。ひろさんの料理は絶品だぞ。遠慮はいらん、食べていけ。食べないと後悔するぞ」


「そんな話を聞くとぜひご馳走になりたいのですが。これから予定が入ってて……

うわぁ、本当に残念です」


「そう言えば、こっちに用があるといっていたな。デートか?」


「デートってわけじゃないですけど、栗山さんから食事に誘われて……ほら、このあいだ、神崎さんに呼ばれてダメになって。

あれからもう一度誘ってもらったんですけど、そのときも神崎さんと仕事が入って。

今度こそ食事にいこうと言ってもらったんです」


「俺のせいかぁ?」


「そうですよ。今日だって神崎さんから電話をもらって、まただぁーって落ち込んで……

でも違いましたけど」


「そりゃ悪かったな。ただなぁ、いつ事件が発生して呼び出しがかかるかもしれない。 

覚悟だけはしておけよ」


「えぇーっ! またそんな意地悪を言う。ひろさん、神崎さんってこんな人なんですよ。

私のことだって、香坂って聞くとアンタの親父さんやデキのいい弟を思い出すんだ、なんて言って。

最初っから水穂って呼び捨てで、遠慮とか全然なくて」


「部下に遠慮なんかするか。そういうおまえだって、俺に言いたい放題じゃないか」


「だって、神崎さんが私に嫌味なことばっかり言うから、つい……

これでも、ちょっとは反省してるんですよ」


「反省してるのか、そりゃ知らなかった」



あはは……と籐矢の笑い声が部屋に響く。

「そこ、笑うとこじゃありません」 と水穂は口を尖らせているが、二人の間に漂う空気はどこかのんびりしていた。

食事前だといいながら、水穂は弘乃が焼いたケーキを二切れ食べ、二杯目のドリンクも綺麗に飲み干し、ご馳走様と手を合わせてからいとまと告げた。

待ち合わせ先まで送ろうかという籐矢の声は部下をいたわるもので、



「大丈夫です。おなかを空かせるために走っていきます」 



そう返事をした水穂の顔は本当にそう思っているらしく、籐矢はそれに 「そうか」 とだけ返した。



「今日は助かった。今夜は呼び出しはなしだ、安心して食事をしてこい。栗山によろしくな」


「本当ですかぁ? 一応、覚悟だけはしておきます。

ひろさん、今夜は残念ですが、いつかお料理を楽しみにしていますね」


「はい、いつか必ず……またいらしてくださいね」


「気をつけていけよ」



水穂を見送りながら、弘乃はここ最近の籐矢の変化に納得した気がした。

フランスへ行ったことが籐矢を変えたのかと思っていたが、それだけではないようだ。

水穂の存在が、籐矢に変化をもたらしたことは明白だった。




「水穂さん、可愛らしくで闊達で、私は大好きですよ」


「あんな顔をしているが、結構なおてんばだ。車の運転なんて、そこらの男はかなわないよ」



そう言った籐矢の顔がほころんでいる。



「また、水穂さんをお呼びしてくださいね」


「そうだな」




弘乃は、籐矢へ感じていた心配が軽くなった気がした。

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