Shine Episode Ⅰ

8. 女性捜査官



「ICPOから捜査官がくるそうね」


「どうして交通課のジュンが知ってるのよ」


「ふふん、警視庁で私が知らないことはないの」



知らないことはないとは多少おおげさだが、内野淳子の情報は正確で早い。

交通課の婦人警官にして、夫は機動隊の猛者連中を率いる隊長でもある。

彼女のアンテナはあらゆる方向へのび、いち早く情報をキャッチする。

誰それがどこに配属になるらしい、あの事件の情報は裏で取引があったそうだ……

など、仕事がらみの内部事情から、食堂のメニューが近々変わるらしいという身近なものまで、情報の幅も広い。



「女性の捜査官だってね。凄腕らしいわよ、カッコいいわねぇ。

水穂、アンタも負けないように頑張んなさい」


「はぁ? ICPOの捜査官と張り合えっていうの? 冗談でしょう」


「本気も本気、大和撫子の意地を見せなさい。わかったわね」


「あのねぇ……」
 


水穂は言い返そうとしたが、二人の会話を横でニコニコと聞いていた岩谷由利のレシーバーが突然鳴り出し、話は中断された。



「ジュン、課長がすぐに戻って欲しいって。水穂、フランスの女捜査官なんかに負けちゃダメよ」



言いたいことだけ言うと、二人は綺麗な足を大きく踏み出して廊下を小走りに立ち去った。

頑張れって、そんな優秀な人とどうやって張り合うのよ……

廊下の片隅でぼやきながら、ジュンの話を他人事のように聞き流した水穂だったが、のんきなことを言っていられない状況になろうとは、そのときは思いもしなかった。




翌日、朝から東郷室長の姿が見えなかった。

今日到着予定の捜査官を空港に迎えに行っているのだと聞かされた水穂は、うわさの人物はどんな女性なのかと気になってきた。

凄腕の捜査官だとジュンが言うからには、相当優秀な人物であることは間違いない。

女性ながら単身で派遣され、室長が自ら迎えに行ったくらいだ、室長クラスの権限があるのだろう。

ジュンやユリは 「負けるな」 と言うが、負ける負けないのレベルではないのだから、はなから勝負する気はない。

優秀な捜査官のそばで勉強させてもらおう……

水穂は謙虚な気持ちで会議室へ向かった。


会議室では捜査員達が持ち寄った情報をもとに、熱心に情報解析にあたっていた。

外部から派遣される捜査員にひけをとるものかというように、彼らの顔には対抗意識がみなぎっている。



「神崎君」



遅れて会議室に顔を出した東郷室長が籐矢を呼んだ。

伏目がちに立ち上がった籐矢は、室長の後ろにいる女性を認めると表情が一変した。



「ソニア」



籐矢が彼女の名前を呼びながら駆け寄るや否や、二人は固く抱擁した。

頬を寄せて唇が触れるほどの距離で言葉を交わし、何度も抱きしめる。

初めて見る籐矢の姿に、水穂をはじめ捜査員一同も驚き目を丸くしている。



「いつ本部に戻った」


「去年の秋、アナタが帰国したすぐあとよ」


「そうか、わかっていたら帰国を遅らせたのに……元気そうだな」


「えぇ、トーヤもね」



フランス語で交わされる会話は水穂には聞き取れないが、名前を親しげに呼び抱き合う様子から二人の親密な関係が推察できる。

籐矢と並び立つソニアは、まさに ”お似合い” の言葉が似合う女性だった。

水穂が想像していた欧米人の体格より小柄ではあったが、背筋が伸びた姿勢は美しく、綺麗にスーツを着こなしている。

膝丈のスカートから伸びた脚はジュンやユリにも負けない脚線美で、10センチヒールのパンプスが出来る女を示していた。

仕事が出来る女性とは、こうあるべきか……

走りやすいと言う理由でローヒールパンプス愛用してきたが、足元に負けた感が滲んでいる。

張り合うどころか、戦う前に勝負がついているではないか。

水穂は空しくなりため息をついた。 



「ベアール捜査官、神崎さんと親しそうだね」


「そうみたいですね……」



隣にやってきた栗山は、水穂のため息を誤解していた。

籐矢とソニアの親しさを見せつけられて、水穂が気落ちしたと思ったのだ。



「彼女、神崎さんのフランス時代の恋人かもしれないよ。あの頃がどうとか、部屋はどうしたとか、プライベートの話をしている」


「栗山さん、フランス語がわかるんですか?」



栗山は 「うん、少しね」 と答えるにとどまったが、籐矢とソニアの会話を聞き取ったのだから、フランス語が少しわかるレベルではない。

語学にも秀でる栗山に感心しながら、水穂は籐矢とかわした会話を思い出した。



「神崎さん、同棲したことあるんですか!」


「まぁな……」



籐矢は同棲経験があるとあっさり認めた。

相手はソニアかもしれない……

水穂の胸にモヤモヤが広がっていく。

そんな水穂の心中も知らず、栗山は 「これは面白くなってきた」 と小さくつぶやきほくそ笑んだ。

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