君と一緒に恋をしよう
#19『「あ」』

「あ」

 市ノ瀬くんの方が先に、私たちに気がついた。

「あー、志保ちゃ~ん!」

 梨愛が手をふる。

「志保ちゃんたちも、来てたんだ」

「こないだね、一緒に同じクラスの子のバスケの試合を見てて、それで自分のも見にきてって、市ノ瀬が言うから」

 奈月はいつの間にか、彼のことをそんな言い方で呼ぶ。

「来てやったってかんじ?」

 奈月が腕を腰にあててそう言うと、梨愛は市ノ瀬くんを見上げた。

「珍しいね、隼人が誰かを誘うなんて、私のことは全然誘ってくれたことないのに」

「お前は呼ばなくても、いっつも勝手に来てるだろ」

「学校に来た時にやってたら、ついでに見てるだけなの!」

 市ノ瀬くんは、「何だそれ」と言って笑った。

 奈月と梨愛は、試合の話しを始めて、彼もその話題で盛り上がっている。

 私も試合は見ていたけど、サッカー自体にはそれほど詳しくなくて、どこで何を言ったらいいのか分からないから、黙ってにこにこ話しを聞いている。

 ふいに、市ノ瀬くんが、私に声をかけてきた。

「今日は、楽しかった? ちゃんと見れた?」

 その何気ない言葉が、カチンと頭にくる。

「見えたよ、ちゃんと目が二つ、前についてますし! 一個でももちろん、見えたと思いますけど!」

 梨愛がぷっと笑って、奈月は呆れた顔をした。市ノ瀬くんはため息をつく。

「お前ってさ、俺には態度厳しいよね、なんで?」

「え? そんなことないって」

 厳しい? 私が? 

 確かに、今ちょっとカチンと来たのは事実だし、キツイ言い方になったかもしれないけど、そんな風に思われているなんて、思ってもみなかった。

「そ、そうなのかな? そうだった? 別に、私はそんなつもりじゃなかったんだけど……、なんか、ゴメン」

 市ノ瀬くんは、きゅっと口を結んだ。

「冗談だよね、やだ、志保がちょっとジョーク外しただけじゃない」

 奈月は彼の肩をぽんと叩く。すぐに梨愛が、別の話題を振った。

 それからは、ずっと三人で話しが盛り上がっていて、私にはどこにも入る余地がない。

 サッカー知らないし、別にいいんだけど。

 彼がこの二人の女の子と、楽しそうにしゃべっているだけの場面を間近にみていることに、だんだん嫌気がさしてきた。

 私は何で、今ここでこんなことをしているんだろう、私は別に、ここにいなくてもよくない?

「あ、私、生徒会の総務で、今日は公園掃除の当番が当たってるんだった」

「先に済ませて来なかったのかよ」

「だって、昼間は暑いんだもん」

 彼の口が何かを言いかける前に、私は言った。

「いいよ、今日はもう疲れたでしょ、当番の日でもないし、私、今からちょっと行ってくるね」

 いいこと思い出した。よかった、これでここから離れられる。

「遅くなるし、先に帰ってていいからね、じゃあ、お疲れさま、またね!」

 校舎に向かって走り出す。奈月と梨愛が、それぞれねぎらいの言葉をかけてくれて、私は元気よく笑顔でそれに手を振った。

 家に戻ったら、奈月と市ノ瀬くんに、メールしとけばいいや、それで大丈夫、私にも普通に出来るし、これから学校が始まっても、お互いに気まずくなることもないだろう。

 校舎横の、掃除用具入れからほうきとゴミ袋を取り出すと、私はまた三人の前を通った。手を振ったら、振り返してくれた。

 私はちゃんとした笑顔を作って、公園へと向かった。

 公園に来てみたら、そこには先に掃除をしている、大きな背中の人が見えた。制服を着ている。その人は私の気配に気がついて、振り返った。

「あぁ、志保ちゃん、偉いね、ちゃんと来てたんだ」

 上川先輩だった。どうして? なんでここにいるの? 今日は当番じゃなかったはず……。

 頭が混乱してしまって、全く動けない。彼はそんな私を見て、呆れたようにくすっと笑った。

「そんなに驚かなくてもよくない? 今日が当番だった奴に頼まれて、交代したんだよ」

 慌てて動かしたほうきも、まるでロボットの動きみたいにぎこちない。

「こっちはもう終わったから、あっちの方行こうか」

 それほど広くはない公園だ、先輩に指差された方向に向かって、並んで歩く。

「あー疲れた! 俺、今日サッカーの試合してたんだよね」

 見てましたって、言っていいのか、いけないのかが分からない。「はい」とだけ返事をして、うつむいている。

「園芸部の朝顔、いつもきれいだよね」

 この人は、なんだかんだと多分私に気をつかって、一生懸命話しかけてくれている、と、思う。

 だって、そうじゃなきゃ、こんなにも色々聞いてきてくれるワケがない。

 私は一生懸命、正解の返事を探しながら、できるだけ次の会話が続くように、彼にも質問を返す。それをにこにこと笑顔で全部応えてくれるから、少しずつ私の緊張も解けてくる。

「あぁ、終わったね、帰ろっか」

「あ、いいですよ、私、ほうきとゴミ袋、持って行きます。先輩、今日疲れてますよね」

 私が手を差し出したら、彼はそれを見てにこっと笑った。

「そんなことしたら、爽介に怒られるから、やめとく」

 私が見上げると、彼はまた笑った。

「爽介って、立木ね」

 そういうと、先輩は私が持っていたほうきをとった。もう片方の手には、ゴミ袋も持って歩き出す。私は慌てて、彼の隣に並んだ。

「あれ? 上川さん、なにやってるんですか?」

 公園を出ようとした私たちのところに、市ノ瀬くんたちがやってきた。

「あー、上川先輩だぁ!」

 梨愛が手を振って、奈月がぺこりと頭を下げる。上川先輩は「よっ!」と返事をした。

「竹下に代わってくれって頼まれて、今日の掃除に来てたんだよ」

 市ノ瀬くんの口は半分開いたままで、視線はしばらく上川先輩を見上げていて、その後でゆっくりと、私に移ってきた。

「つーか何だよお前、両手に女の子ぶら下げてハーレムかよ、いいなぁ!」

 先輩が笑い出した。

「ち、違いますって!」

「あーあ、やってらんねぇ、帰ろ帰ろ」

 上川先輩はまだ笑っていて、市ノ瀬くんは怒っている。

「か、上川さんだって、小山と二人っきりだったじゃないですか!」

「あぁ?」

 先輩は、自分の右側にいた私を見下ろした。

「バーカ、俺にも一人くらい、いたっていいだろ」

 彼の大きな腕が、上から下へと下りて来て、軽く握ったその手が、私の右の肩に乗った。

「なぁ?」

 私の顔をのぞき込むようにして、そんなことを言われても、肩に置かれた彼の腕の感触が、何かのスイッチに触れたみたいで、何一つ動けない。

「あぁ、冗談だからね」

 ふわりと腕が浮いた。彼は歩き出す。

 私は、自分の顔が真っ赤になっている自覚があるまま、市ノ瀬くんを見上げた。だけどなにも言えずに、そのまま歩き始めた上川先輩の後を、すぐに追いかける。

「あれ、こっちに来てよかったの?」

 心なしか、先輩の横顔も少し照れているような気がする。だけど、間違いなく今の私の方が、もっと真っ赤だ。

「じゃ、邪魔しちゃ悪いかなーって」

「あぁ」

 大体、全部市ノ瀬くんが悪いんだ、なんであの二人を連れて、わざわざ公園まで来たんだろう、先に帰っててって、言ったよね? こんなすぐに公園にくれば、まだ私がいることは分かってただろうに、なんで来た? 

 そしたら上川先輩にも、こんなからかわれ方をしなくて済んだし、恥ずかしい思いをしなくてよかったのに。ホント、余計なことばっかりやらかすよね、あの人は。

 自分だって試合で疲れてるんだろうから、さっさと帰ればいいのに、掃除してる私を三人で見にきて、なにが楽しい? 

 どうせなら、もっと他の場所で、別のタイミングで待っててほしかった!

 公園から学校までが、すぐ近くて命拾いした。

 私は先輩と一緒に掃除用具を片付けると、彼の鞄が置いてあるという部室横のフェンスに向かう。

 うっすらと日が陰り始めたグラウンド、先輩の荷物のところには、淸水さんが立っていた。

「ねぇ、このまま一緒にいて、駅まで一緒に行こう」

 それを見た先輩は、私にそっとささやく。「どうしてですか?」って聞こうとした時には、すでに荷物の前に到着していた。

「お疲れ」

 彼は、多分彼の帰りを待っていたであろう淸水さんに、それだけを言って荷物を手にした。

 彼女は何も言わず、黙ってそれを見ていて、私のことは見えていないようだった。

 先輩は肩にバッグを担ぐと、私と並んで歩き始めた。彼女は何も言わずに、それを見送る。

 先輩は、駅までの道をずっと黙って歩いていた。

 私も、何も言わずに黙っていた。

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