君と一緒に恋をしよう
#2『公園掃除』
 彼の言った通り、体育祭の準備についての説明が始まった。

 代々、どこの部が何を担当しているのか、今年の持ち回りは、どこの部で何をどうするのか、そういう小さな決まりがたくさんあって、説明するのも大変そう。

「帰宅部と文化部の方は、生徒会本部の手伝いをお願いします。では、それぞれに別れてください」

 その言葉を合図に私が立ち上がったら、市ノ瀬くんも立ち上がった。

「帰宅部なのに帰れないって、ウケるよな」

 ふいに彼の口から出たそんな言葉に、ムッとした私がにらみつけたら、彼はそういう反応を予想していなかったらしく、

「そんなすぐ怒るなって」とかブツブツ言いながら、運動部の方に移動していった。

 彼のさっきの発言は許せないが、そこには上川先輩もいる。サッカー部、サッカー部かぁ、いいなぁ、だけど私には、やっぱりあんま興味ないなぁ。

 本部のところに移動すると、そこには3年女子の淸水さんがいた。
 立木生徒会長と、もう一人の男の副会長は、運動部の方の話し合いに回ってる。
 彼女はいかにも聡明で、頭良くて真面目って感じの、完璧な女子だ。

「では私の方から、文化部の担当について説明しますね」

 文化部の方でも、やっぱり代々の担当と、年ごとの受け持ちがあって、それが事前に分かってるから、彼らとの話し合いは進みが早い。

私がぼーっとしている間に、文化部系の受け持ちの話しは終わってしまった。

「で、帰宅部の方たちなんですけど」

 私は顔をあげた。

「当日まですることはありません。校外の掃除当番表を作ったので、それに従って公園清掃活動を続けてください」

 淸水先輩のその笑顔は、決して意地の悪さからきている笑顔ではないと頭では分かってるけど、その態度がどうしても嫌がらせにしか見えない。私は、配られた当番表を受け取った。

 その話を翌日、奈月にしたらめちゃくちゃ笑われた。

「だから、部活入っとけばよかったのに、今からでも、文化部か何かに入ったら?」

「今さら? こんな当番表とかもらった後で?」

 私がため息をつくと、奈月はまた笑った。

「しかも志保、初日に入ってるし」

 一緒に当番に入っているのは、知らない人っぽい。
 そんな話しをしている間に、あっという間に放課後になってしまった。

 私はほうきとちりとりを持って校内を歩いている。
 これで学校の名前の入った生徒会の腕章をつけてなかったら、完全に掃除のおばさんだな。周囲はこんなにも、部活勢の元気な声に溢れているのに。

 正門の前に出て、ふと足を止めた。正門左手奥のグラウンドでは、サッカー部が活動している。私はそこのフェンスに手をかけて、何となく中をのぞき込んだ。

 結構部員数が多いな、これで全員が集まってるのかな、いま走ってるのは1年生? 学年によって、練習メニューとか分かれてるのかな?

「なにのぞいてんの? エッロ」

 振り返ったら、市ノ瀬くんがいた。

「のぞいてません! 見てただけ!」

「それをのぞいてたって言うんでしょ」

 彼は腕組みをして、私を見下ろす。

「誰か探してた? もしかして俺?」

 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だけど、誰を探してたのかは自分でも不明だし、特に何かの目的があったとかいうわけでもなく、本当にただ見てただけだった。

「違います」

「じゃ、なんで見てたんだよ」

「あぁサッカーやってるなーと思って」

「なにそれ」

 彼の視線は、私の右手にあるほうきに集中している。

「俺、今日も掃除には行けないから」

「大丈夫、期待してないし」

「俺いま、2年のレギュラー選考のためのトライアル中で、練習とかも忙しくて、それが終われば、生徒会の方もちょっとは手伝えると思うんだけど」

 私は彼を見上げる。だから、なに? という感想以外は、ない。

「いいよ別に。じゃあ私、行ってくるね」

 他になにか言えればよかったのかな、上手い言葉が見つからないから、私は急いで彼に背を向けた。

 そのまま、早足で校庭を抜け出す。

 彼からの反応は、特に何もない。

 やっぱり、あんなところで立ち止まるんじゃなかったな、市ノ瀬くんにあんなことを言われたのも、なんとなくシャクにさわる。

 そうでなくても、公園掃除なんてめんどくさいだけなのに。私はうんざりした気持ちで、そこへ向かった。
 公園に着いたら、一緒に掃除当番に入っている2年の女の子がすでに来ていた。

「あ、小山さん? 私、一緒にお当番担当の帰宅部、菊池梨愛ですぅ、よろしくね!」

 帰宅部が、まるで正式な部活であるかのような言い方をされちゃってるけど、そんなくくりで一緒にされても困る。

「ねぇねぇ、前にみんなでここの掃除に来た時って、あっちのほうやったっけ? やってなかったよね、ちょっと行ってみない?」

 そんなことを言いながら、勝手に行ってしまうから、私も黙ってついて行かざるをえない。

「あーほらやっぱり! こっちの方は、あんまり目立たないから、ゴミとがたまっちゃてるよねー」

 彼女は一人で勝手にしゃべりながら、掃除を続けている。
 私はただ彼女につき合い続けて、差し出したちりとりに入ったゴミを袋に移しかえた。

「きれいになったねー、帰ろ!」

 私が来て5分も経ってない、確かに目立つようなゴミはなけど、そんな簡単に帰っちゃっていいのかな? 

 そう思いながらも、さっさと帰ろうとする彼女について元の場所に戻ると、そこには立木先輩が来ていた。

「えぇ、もう終わったの? 早いね!」

「超余裕ですぅ~」

 そう言って彼女は、彼の腕に一瞬だけ手をおいた。立木先輩はそのことを、全く気にもとめてないみたい。

「先輩、今日の当番、入ってなかったですよね」

 割り振られた当番表は、平の総務委員名しか載っていなくて、立木先輩が来るとは思っていなかった。

「うん、名簿には載せてないけど、役員は来られる時は来ようっていう話しになってたから。それに、今日は初日だったしね」

 にっこりと笑う立木先輩の笑顔は、もうそれだけで私の中にある嫌なことの、何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな破壊力がある。

「きゃー、先輩が来てくれて、うれしー!」

 彼女はまた、先輩に抱きついた。

「もう掃除終わったの?」

「はい! 私が全部やっときました!」

 ビシッっとそう言い切られると、ちょっとエッ? ってなるけど、まぁ彼女の言ってることに間違いはないのかもしれない。

 彼女がいつからここに来ていたのかは知らないけど、少なくとも私より早かったのは確かだ。

「小山さんも、お疲れさま」

 立木先輩が、そうやって微笑みかけてくれたから、私はとりあえず黙ることにした。

 学校へ帰る道のり、ほんのわずかな距離だけど、彼女と立木先輩が並んで歩いていて、私はその3歩後ろを歩いている。

 二人がどんなことを話しているのかまで、ちゃんと聞き取りにくいから分からないけど、先輩って、こんなに楽しそうにおしゃべり出来る人だったんだな、知らなかった。

 校庭に戻ると、グランドではサッカー部が練習を続けていた。

「あ、隼人だ、おーい!」

 菊池さんが大きく手を振った。それに気づいた市ノ瀬くんが駆け寄ってくる。

「なんだよ、梨愛も掃除当番かよ」

 彼はケタケタと笑った。

「なによ、隼人も真面目に総務の仕事やんなさいよ、ねー、小山さん?」

 突然振られた私は、返事に困ってそのまま固まった。

「真面目にやってんのかよ、梨愛がさぁ~、お前には言われたくねーし」

「私も隼人に言われたくないー」

 私が掃除に行く前に、ここで市ノ瀬くんと話した時とテンションが全然違う。

 別にいいけど、だけど、こんなに楽しそうに他の女の子とは話すくせに、私とは出来ないんだな、別にいいけど、気にしてないし。

「二人とも、仲いいんだね」

「幼なじみなんだよ、腐れ縁ってやつ」

「そうなのぉー、ずっとずっと腐れえんー」

 あっそ、そうですか、それはよかったね。

「先に行くね」

 一言だけ声をかけて歩き出したら、市ノ瀬くんとちょっとだけ目があった。

 なによそれ、申し訳ないと思ってるなら、今度からちゃんと掃除にきてほしい。

「掃除ご苦労さま、お疲れ!」

 頭の上から声がしたと思ったら、上川先輩の声だった。普段の制服姿じゃなくて、Tシャツ姿なのがヤケに新鮮に見える。

「あぁ、いえ……」

 あんまりしゃべったことがないから、これで2回目だし、いくら市ノ瀬くんと同じ部活だからって、話しかけてくるのが突然過ぎるから、私には次のセリフが出てこない。

「あー、上川先輩、お疲れっす!」

 菊池さんは、市ノ瀬くんにしたのと同じような気軽さで、上川先輩にも声をかける。それで上川先輩と仲良しの立木先輩も会話の中に入っちゃうから、私はますます、どういう顔をしてここにいていいのかが分からない。

 勝手に行っちゃっていいのかな、でもそれも感じ悪いし、かといって、このまま会話に入って、なんだコイツって思われるのもイヤだな。

「小山がね、いっつもうるさいんですよ、委員会に来いとか、掃除に来いとかって」

 唐突に彼からそう話しを振られて、思わず「えっ?」って声が出た。

「テメーがサボってんだから、仕方ないだろ!」

 上川先輩の手が、市ノ瀬くんの頭を押さえた。

「ゴメンね小山さん、今度から、俺もちゃんと注意しておくから」

 初めて、先輩から名前を呼ばれた。私は小さな声で、「はい」と返事をするのが、精一杯。顔が勝手に赤くなっていくのが分かる。周囲の空気が、一瞬固まった。

「あぁ、遅くなっちゃうね、もう帰ろっか」

 立木先輩がそう言ってくれて、やっとほっと安心する。

「じゃあ、慶たちは練習頑張って」

 立木先輩が手を振った。上川先輩も手をあげたから、私も便乗して手を振っておく。

「じゃーねー! がんばれよー!」

 菊池さんの声援に、みんなが笑った。

 よかった、私はここにいても、大丈夫だったみたい。

 フェンスを離れて、校舎に入る別れ際に、立木先輩が「ありがとう、お疲れさま」って言ってくれたのも、よかった。

「立木生徒会長って、優しいよねー、上川先輩もいい人だけどさー」

 私は同じ2年生で、隣のクラスの菊池さんと、ほうきを教室に戻すために廊下を歩いている。

 彼女はその人懐っこい、無邪気な笑顔を私に向けた。

「ねぇねぇ、小山さんはさ、立木先輩と上川先輩と、どっちがタイプ?」

「さぁ、どっちって言われても、そんなの答えられないよ」

 あぁ、苦手なんだよね、こういう人って。

「あははー、まぁ、それもそうだよねー。ねぇねぇ、私も、小山さんじゃなくって、志保ちゃんって、呼んでいい? 私も、梨愛でいいからさ」

 彼女の言う、「私も」の、「も」の意味がよく分からないけど、別に構わないから、構わない。

「いいよ」

「やった」

 彼女はにっこりと笑った。

「じゃ、またね」

 手を振って、それぞれの教室に戻る。

 彼女のこの垣根のなさは、彼女自身の個性だということにしておこう。

 もう私も帰っていい時間だから、すぐに教室を出ようと思えば出られるんだけど、いま出たらまた、廊下で梨愛と鉢合わせになりそうで、ちょっと一呼吸おいてみる。

 放課後の教室は、ブラスの吹き鳴らす金管楽器の音と、汗を流す運動部のかけ声で満たされている。

 こんな中に一人でぽつんといるのも、実はそれほど嫌いじゃない。

 誰もいない放課後の教室は、いまこの瞬間にだけおとずれた、私だけの秘密の場所。

 窓から練習中のサッカー部を見下ろす。あの中に、二人ともまだいるんだろうな。

 さぁ、私も帰ろう。

 校舎を出て、すっかり日の傾いた校庭を歩く。

 正門の近くまで来ると、そのフェンスの先に梨愛が立っているのが見えた。

 彼女の視線は、サッカー部のグラウンドに向けられていた。
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