君と一緒に恋をしよう
#4『役割分担』
 体育祭といっても、うちの学校では完全に生徒会主催で行われるので、体育の授業中に練習とか、そんなものは全くなかった。

 クラスによって、すっごい盛り上がるところもあれば、当日になっても全然まとまりがなかったり、一部の競技内の仲間たちだけで、熱が入ってたりすることも珍しくない。

 今年、うちのクラスでリレー仲間を引っ張っていたのは、想定外の奈月だった。

「ね、一回だけでいいからさ、みんなでバトンパスの練習しようよ」

 そんなことを言われて、校庭に連れ出される私と茶道部の柴田さんは、被害者でしかない。

「練習ったって、どこでするんだよ」

 市ノ瀬くんは、ちょっぴり機嫌が悪い。

 どこで練習しようかとか、こうやってしようとか、あーだこーだと言い続ける奈月と、ずっと二人でやり合ってる。

 私と柴田さんは、どこかに連行される被告人みたいで、もう固まっているより仕方がない。

「なんで二人とも、そんなに緊張してんの?」

 ふいに頭上から声がして、同じリレーを走ることになった、バスケ部の津田くんがため息をついた。

「ま、このメンバーだし、そんな緊張すること、ないんじゃない?」

 メガネの柴田さんは、早くも泣きだしそうだ。

「と、とにかく、順番だけはちゃんと決めようよ、私、最初と最後は絶対イヤ!」

「私も!」

 柴田さんの突然に発言に、私も慌てて賛同して、二人で手を握り合う。

 津田くんは笑った。

「5人しかいないのに、それはムリくない?」

 奈月と市ノ瀬くんも加わった。

「走る順番だよね」

「隣の4組は、全員男子の運動部だったよ」

「マジか、本気だな」

「え? うちらも、本気出すの?」

「やるからには、負けたくなくない?」

「このメンツで?」

「そういう問題じゃない」

「いやいや、ムリでしょ」

「ベストは尽くそう」

 津田くんが言ったら、市ノ瀬くんも同調した。

「やれるだけの努力はしようよ」

 奈月も同じ。

「一番盛り上がる競技だし、点数高いよ?」

「これだから運動部は……」

 うつむいた私の肩を、なぐさめるように津田くんがぽんと手を置いた。

「大丈夫、俺たちが二人の分も、走ってやるから」

 思わず彼を見上げた。多分、いまの私の顔は赤い。

「ヤダ、津田くんカッコいい~!」

 それに奈月が笑ったら、急に照れ始めた津田くんは、もじもじとして困ったようだ。

「ち、ちがっ、そんなんじゃないから!」

「分かってるってぇ~」

 奈月は笑ってるけど、私は笑えない。柴田さんも、やっぱり笑ってない。

「最初と最後は、お前らイヤなんだろ?」

 市ノ瀬くんが改めて、作戦を立て始めた。

 最初に奈月が全力で飛ばす、次に柴田さんが走って、3番手の市ノ瀬くんで遅れを取り戻し、4番目の私が順位をキープ、

 最後に津田くんが走って、最下位になるのは避ける作戦だ。

「まぁ、これなら何とかなるでしょ」

「ずいぶんと志の低い作戦だけど」

「え? もっと高い目標を持ちたいわけ?」

「ないないないない」

「4組のオール男子チームは、無視してOK!」

 5人が顔を見合わせた。なんとなく全員で笑い出す。

「本気でバトン、借りてきて練習すればよかったな」

 奈月が言ったら、津田くんが落ちていた小枝を拾った。

「これでとりあえずやってみっか」

「練習にならないし!」

 柴田さんが言うと、市ノ瀬くんは完全にふざけた調子で、小声でささやいた。

「俺たちのこの作戦、他のクラスに絶対にバレないようにしような」

「秘策だからね」

「秘策だな」

 奈月と市ノ瀬くんの意気込みが凄くて、他の3人はまた笑った。

「あぁ、私、そろそろ部活行かないと」

 奈月が立ち上がる。

「今年、バレー部は体育祭なにやるの?」

「バレー部は、毎年ライン引きだって」

 奈月は笑顔で手を振ると、体育館へ向かって走っていった。

「俺もグラウンド行かないと」

「サッカー部は?」

「ハンド部と一緒に用具係」

 私は津田くんを見上げる。

「バスケ部はね、周辺警備」

「あ、あいつ、タオルと飲み物、忘れてってるぞ」

 市ノ瀬くんのすぐ隣には、奈月の白いタオルと、スポーツドリンクのペットボトルが、そのまま置かれていた。

「しゃーねーな、持って行ってやるか」

「俺、体育館行くから、ついでに持っていこうか」

 津田くんがそう言ったのを、何となく私が先に手に取った。

「いいよ、私が届ける」

「じゃあ、途中まで一緒に行こうか」

「うん」

 私が立ち上がるのを、彼は待ってくれている。

 差し出されたその手には、何を乗せればいいんだろう、まさか私の手じゃないよね、奈月のタオル? それとも、飲み物の方?

 市ノ瀬くんが、突然立ち上がった。

「じゃ、またな」

 彼はそのまま、一度も振り返ることなく、さっさと行ってしまう。

 柴田さんも立ち上がった。

「私も部室によってから帰るから、一緒に行こ」

 私たちは、体育館へ向かって並んで歩き出した。

 背の高い津田くんを真ん中にはさんで、3人で歩いていると、お父さんに群がる子供みたいな気分だ。

 そんなこと言ったら、絶対怒るだろうけど。

「ねぇねぇ、いつからバスケやってるの?」

「うちの学校って、バスケ強かったっけ?」

 私と柴田さんが順番に繰り出す他愛のない質問に、彼は笑って全部答えてくれた。

 初めて同じクラスになった男の子だったけど、あの市ノ瀬くんなんかに比べると、ずっと話しやすい。

 体育館に着いたら、彼はすぐにバスケ部に合流していった。

 私はバスケ部の隣で練習の準備を始めていた奈月に、タオルと飲み物を渡す。

「あぁ、志保が持ってきてくれたんだ、ありがと」

 奈月はそれを受け取ると、すぐに練習へと戻った。

 帰ろうとした私を、柴田さんが呼び止める。

「ねぇ、ちょっとだけ、津田くんの練習見ていかない?」

 彼女はなんだかんだで、そのまま津田くんの話しをつづけている。

 彼の姿をずっと、視線で追いかけていた。
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