君と一緒に恋をしよう
#8『リレー対決!』
 体育祭当日は、よく晴れて気候もいい、絶好の体育祭日和だった。私は朝早くから、生徒会本部のテントに入っている。

「プログラムと進行表、ここに貼っておくから、自分の出場競技と当番を、しっかりみながら確認してね」

 本部の淸水さんが、一同に気合いを入れた。今ここに、上川先輩の姿はない。

「はい!」

 私は勢いよく、返事を返す。立木先輩による、開会宣言が始まった。

「第27回、相英高校体育祭を始めます」

 ブラスのトランペットが鳴り響く。入場行進とかはなくて、その場でのラジオ体操で準備運動が終了し、最初の競技が始まった。

 体育祭が始まってしまうと、運営本部は目の回るような忙しさで、点数をつけたり、タイムキーパーの指示を伝令したり、とにかくじっとして何かを考えている余裕なんて、どこにもなかった。

 競技が2つ3つ進んで、ようやくコツをつかめてくる。午前の競技も、終盤を迎えたころだった。

「そろそろ2年生のリレー、予選が始まるよ」

 そう言われて、私は顔を上げる。

「がんばってね」

 立木先輩が笑った。生徒会総務の数人が立ち上がる。やっぱりリレー関係は、生徒会が引き受けるパターンが多いんだな。

 入場門に向かうと、そこにはもう一緒に走るクラスのメンバーが揃っていた。

「き、緊張してきた」

 茶道部の千佳ちゃんが、硬直している。

「大丈夫、ケツにならなきゃ問題ないって」

 津田くんが笑った。そんな慰め方されても、プレッシャーでしかない。

「俺と津田が何とかするから」

「安心して見ててね!」

 市ノ瀬くんが自分の胸をドンと叩き、奈月がグッと親指を立てた。

 2学年は全部で8クラス、二組に分かれて走って、上位2クラス同士で決勝戦に進み、さらに決勝で勝ち残った2クラスが、全学年決勝に進む。

 入場の合図がなり、グラウンドの中央へと向かった。私たちは、後半の組みで走ることが決まっている。前半戦が始まった。

 案の定、全員男子で固めてきたクラスが、圧倒的な差をつけて一位で終了した。問題は、二位争い。

「がんばれー!」

 応援席から、梨愛の声が聞こえる。彼女はリレーの選手に選ばれてないのか、いいなー。

 応援席ではない、グラウンドの中央からながめる競技は、見晴らしがよすぎて逆にリアリティーがない。

 あぁ、これが夢だったらいいのにな、早く終わらせてしまいたい。自分をとりまく大歓声が、遠い世界のどこかから聞こえてきたみたいだ。

 終了のホイッスルが鳴って、私たちの順番がやって来た。

 一番手の奈月がコースに入る。スタートの合図が鳴った。もう逃げられない。

 奈月はぐんぐんと辺りを追い越して、トップに躍り出る。

 二番手の千佳ちゃんには、1番でバトンが渡った。そこからの千佳ちゃんは、一生懸命走っていた。だけど、どうしても3番手にまで下がる。

 コースに入った市ノ瀬くんの顔が、キュッと引き締まった。バトンの受け渡し練習なんて、結局まともにしてなかったけど、彼は千佳ちゃんから受け取ると、猛然と走り始めた。

 グラウンド1周300m、彼はとても走るのが早くて、あっという間に二位に追いつき、追い越してしまう。ゴール手前で、1位のクラスとほぼ同タイムに並んだ。

 彼から受け取ったバトンで、私は走り出す。

 順位は気にするな、自分のペースで走れって言われてたけど、そんなの無理! 

 一生懸命走ったけど、一位の選手に置いて行かれてる、とにかく次の津田くんにバトンを渡すまでは、これ以上抜かされたくない!

 バトンパスのゾーンが見えた、一位の選手がゴールして、それ以下のクラスの選手が、ごちゃ混ぜになってる……津田くん!

 彼の姿が見えた、必死に手を伸ばす。

 バトンを渡そうとして伸ばした腕で、私はバランスを崩した。

 隣に追いついて来ていた3位のクラスの選手と一緒になって、津田くんの上に倒れ込む。

 だけど彼は、そのまま即座に立ち上がると、バトンを握りしめて走り出した。

「志保、大丈夫?」

 奈月がゴールした私を助け起こしてくれた。振り返ると、コースを懸命に走る津田くんの姿が見える。

「津田、走れ!」

「津田くん、がんばって!」

 彼は3位を走っていた。

 市ノ瀬くんと千佳ちゃんが懸命に声援を送る。

 最下位の4位とは距離があったけど、2位との距離もそこそこある。彼は無事に3位でゴールした。

 終了のホイッスルが鳴って、市ノ瀬くんが拍手を始めた。自然と回りの選手からも拍手が起こる。

「OK予定通り、最下位は逃れた上に、一回走っただけで終わったな」

 そう言ってにっこり笑ってくれたから、私もちょっと安心する。

「そうだね、よかったよかった、お疲れさま!」

 奈月も、私の肩に手をおいて微笑んだ。

「あー、悪りぃな」

 走り終えた津田くんが、申し訳なさそうに帰ってくる。「ゴメンなさい」って謝ろうとした私を、彼はさえぎった。

「怪我はなかった? 大丈夫?」

 私自身はなんともない、だけど、そんな彼の肘からは、血が流れていた。

「津田くんの方こそ、血が出てるよ」

 彼自身、それに気づいていたのか、いなかったのか、自分の左右の肘を順番に見比べた。

「あ、本当だ」

 グラウンドからの退場が始まる。外に出た私たちは、彼の回りに集まった。

「大丈夫か?」

 市ノ瀬くんが声をかけると、千佳ちゃんが言った。

「警護班の、バスケ部のテントに戻るでしょ? 私、救護班だから、一緒に行ってくる!」

 私にも、奈月にも市ノ瀬くんにも、次の仕事がある。

 彼の背中を見送ると、私は生徒会本部のテントに戻った。
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