ツララなるままに……いぬの章
優秀な友人らとドジな私


 桜の見頃なんて一瞬で過ぎてしまう。

 そんな限定的なものだからこそ、ヒトは桜を美しいと憂うのだろう。


「うわ、サクラ凄く綺麗。これは写真におさめないと」


 窓の外で舞い散る花びらに見とれる少女もまた、ヒト並の感性の持ち主であった。


 彼女の名は犬塚千和子(いぬつかちわこ)。
 ここ吉備里高校(きびざと)に通う2年生。

 特技はこれといってなく、むしろ苦手な事の方が多い。

 特に運動神経は壊滅的であり、1日に1つドジを踏むのが日課になりつつある。


「……っあぁ! ……いたっ!」


 よそ見しながら廊下を歩いていると、何もない所で足を躓かせて転んだ。

 わざわざ手に取り出した携帯は3メートルほど先に向かった。


「最悪、買ったばかりなのに……」


「ねぇ、見てよあの子」

「うわ、いったそー」


 千和子の後方からはクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 大胆に人が転ける光景はさぞ可笑しかったのだろう。


 休み時間、廊下に出ていた生徒の大半は女子であり、表情はみな柔らかい。

 対して千和子は暗い表情を浮かべ、自分の愚かさについて嘆く。



 私が誇れる点なんてこの高校に入学できた事ぐらいだ。

 学力の平凡な私が、県内で屈指の進学校にいる事は奇跡に近い。

 ……そんな思考を過らせていると、余計に気分は悪くなるばかりだ。



 格好悪い。情けない。

 ああもう、家に帰りたい!



 そうやって嘆き悲しみ、すぐに立ち上がらないでいる。




 すると、転ぶ千和子の前に1人の男子生徒が手を差し出してきた。


「―――また転んだか? 大丈夫か、チワ?」


 千和子は頬を染めながら、その男子生徒の手をとる。


「……ありがとうございます、百瀬先輩」

「おいおい、先輩なんて堅苦しいな? いつもみたいにユーでいいよ」

「……うん。ありがとう、ユー君」

「おう、どういたしまして」


 ユー君こと、百瀬悠真(ももせゆうま)は満面の笑みを千和子に向け続ける。



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