彼がメガネを外したら…。 〜彼女の証〜



それは絵里花にも、大体想像できていたことだった。飲まず食わずで研究に没頭できるなんて、本当に尊敬に値する。史明にとって一番大事なのは、やっぱり〝研究〟なのだろう。


「今日は、泊まり込むんですか?」


もしそうするなら、この近くでラーメンでもなんでもいいから、一緒に食べたいと思った。〝デート〟というには、程遠いかもしれないけれど。


「いや、今日はこの文書の解読を終わらせたら、帰るよ」


と、答えた史明の手元にある『この文書』に目をやると、いくら史明でも、一、二時間では終われないほどの量だった。


「………」


たとえここで絵里花が夕食に誘っても、史明は自分のやるべきことを優先させるだろう。絵里花が無理に残業をすることも是非としないだろうし、なによりも史明の家では母親が食事を用意してくれている。

絵里花はため息をついて、心の中に描いていた淡い妄想を虚しくさせるしかなかった。


「……それじゃ、お先に失礼します」


絵里花は小さく頭を下げて、作業をしていたテーブルを離れた。


「お疲れ様」


史明は古文書から目を離さずに、言葉を返した。名残惜しい絵里花に引き換え、史明はあっさりしたものだ。でも、これもいつものこと。


――そう……、岩城さんは、これがいつも通り。


心の中に満たされないものを抱えながら、絵里花は重い収蔵庫の扉を開けて、そこを出て行った。



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