京都伏見・平安旅館 神様見習いのまかない飯
 朝ご飯に、あのたれ眉の聡一くんの一生懸命食べる姿が見られなくて心配していたら、舞子さんが聡一くん一家が宿を出て行ったと教えてくれたのだった。

 舞子さんはそのあと私を玄関ロビーに誘った。お茶とおまんじゅうをいただきながら、私はぽつりぽつりと自分の「過去」を話した。

「小学生の頃に私も両親が離婚して、とてもつらかったんです。でも、つらかったからこそ、お母さんを心配させたくなくて、そんなことは言わないでいました。聡一くんの姿を見てたら、昔の自分と同じ気持ちなんじゃないかって思えて。何かしてあげたくて」

 舞子さんがきれいな姿勢でお茶を口にする。

「それで、一緒に清水寺行ったり、折り紙折ったりしたんやね。彩夢さんにも誰か助けてくれた人はいはったんです?」

 その言葉に、私はふとあることを思い出した。

「そういえば……」

 お父さんやお母さんには絶対に泣いてるとことを見せないようにしていたけど、ひとりのときにとにかく悲しくて。

 不安で、怖くて、一度泣き出したら止まらなくなってしまったのだ。

 そのときに、どこかの男の子が、私におにぎりをくれたんだ。

『食えよ』

 その子がくれた小さめのおにぎりは、鮭が入っていた。

 涙と一緒に食べたあの味。

 どこで食べたかも覚えていないけど、あのおにぎりの味は覚えている。

 私の話が一区切りしたところで、舞子さんが教えてくれた。

「あの親子、市内のいいホテルがとれたそうや」

「そうですか」

 舞子さんが上品に笑った。

「うふふ。お忘れです? 『平安旅館』は『訳あり』のお客様がたくさんお越しになる場所。この旅館から出て他のホテルに行けたっちゅうことは、あの親子の抱えていた何かが救われたということなんや」

「ほんとですか」

 美衣さんの話では今日はまた冷え切った夫婦関係になっていたらしいのに?

「心の重荷は大人だけが背負ってるものやありまへん」

「え?」

 私が舞子さんに聞き返そうとしたとき。向こうから美衣さんがやってきて、私に声をかけた。

「ああ、彩夢さん。こちらにいたんですね。私、お預かりしてたものがあって、彩夢さんにお渡ししないといけないと思ってたんです」

「私に?」

「ええ。さっきお帰りになった片桐様ご一家の坊ちゃんから、彩夢さんにって」

 美衣さんが前掛けのポケットから何かを取り出して、私の手に渡した。

 それは、二寧坂の甘味処で私が作ってあげた二羽の折り鶴。

 せっかくあげた折り鶴まで羽を閉じて突き返されちゃったか。私、やっぱり嫌われちゃったんだなと目の前がぼやけたけど、私が折った鶴と色が違っていた。

 私があげた折り鶴は小さな鞠の絵柄の入ったものだったけど、いま渡された折り鶴は無地の折り紙だ。

 それに、折り方も不器用で上手とは言い難い。

 その理由はすぐに気づいた。

 これは、聡一くんが自分で折ったものなのだ。

「聡一くんは、その子は、何か言ってましたか」

「ええ。『お手紙だ』って言ってました」

「手紙?」

 折り鶴を裏返したり見ていたが、ふと、羽根を開いてみると、そこにぎこちない鉛筆の字が書いてあった。


《お兄さん、ハンバーグおいしかった》


《お姉さん、心ぱいしてくれてありがとう。ぼくはだいじょうぶです》


 気がつけば、折り鶴にぽとりと透明なものが落ちた。

 聡一くんが書いてくれた手紙の文字は、もう涙で読めなかった。
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