きっと夢で終わらない
突然の出来事に私は狼狽えて、とりあえず「弘海先輩?」と声をかけた。
私の声に、遠のいていたように見えた目の光が、戻って来たような気がした。
弘海先輩はハッとしたように、その白い手で頰を拭った。


「歳をとると涙腺が弱くなるよ。夕陽って綺麗だ」


チノパンのポケットの中に突っ込まれた手は、ハンカチを取り出した。
その拍子にカツンと、ポケットの中から時計が吐き出された。
私は反射的に屈んで、それを拾い上げる。


「腕時計、つけないんですか?」


弘海先輩は私の手から「ありがとう」と時計を受け取ると、またポケットの中にしまった。
ハンカチで目元を抑えながら、また苦しそうな笑顔を浮かべる。


「あんまり時間が進んでいくの、見たくないって思うことない?」

「……あり、ます」

「そういうこと」


ふっと弘海先輩は笑って、またいつもの表情に戻った。
アイス買いに行こっか、溢れた思いを拭い去った弘海先輩は、何事もなかったように階段を降りていく。
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