おやすみ、お嬢様
榛瑠はコーヒーを一口飲むと言った。

「あなたはなんと叫んだんです?」

「それが覚えてないの。たぶん、どうでもいいことだったんだと思うわ」

そういう私に彼は微笑みかけながら言った。

「まあ、本当に叫びたいことって、意外に声にできないものかもしれませんしね」

私はなんだか不思議な気持ちになった。榛瑠がこんなこと言うとは思わなかったから。

「榛瑠はなにか叫びたかったことってあるの?」

「私ですか? どうでしょうか……」

彼は考え込む風だった。でも、その答えを聞くことはなかった。ちょうどその時声をかけられたから。

「失礼します、四条様。本日はありがとうございます」

このお店のマネージャーらしい、壮年の男性だった。

「こちらこそ。急なお願いありがとう。とてもいいお店ですね、料理も大変おいしかった」

「ご満足いただけたなら何よりでございます。当店のオーナーが大変気にしておりまして。今日こちらに顔を出せなくてすまなかった、残念だと伝えて欲しいとのことです」

「彼も忙しいでしょうからお気になさらず。とても良い時間を持てたと伝えてください」

「ありがとうございます」

私たちに一礼して去っていく男性の背中を見るともなしに見ながら榛瑠に聞いた。
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