おやすみ、お嬢様
「イチゴの甘い方だけかじるのやめてよね」

「そっち、甘くなかった?」

「……甘い」

大きな赤いその苺はちゃんと甘かった。榛瑠が笑いながら私を見ている。

ああ、また間違えちゃうところだった。今は、つまんないこと思い出したりする必要ないのに。

「全部美味しかったわ。連れて来てくれてありがとう、ご馳走さま」

支払いが済み、二人で店を出る。道路を渡るとすぐ近くに海辺へ降りる道があってちょっと歩くことにした。

道路沿いに明かりはあったが、砂浜は薄暗くて誰も居なかった。暗い海の波の音と、潮の匂いに満ちていた。

でも、少しも怖くなかった。榛瑠が店を出てからずっと手をつないでくれていた。

暗がりで彼が私を無言で引き寄せるとキスをした。ほのかに苺の香りがした気がした。

「苺の件、ほんとに結構恥ずかしかったんだからね。やめてよね」

「だって、テーブル越しにキスするのは、ああいった店ではやっぱりどうかと思ったものですから」

はい?

「ちょっと!それどんなお店でも絶対禁止!」

榛瑠は笑った。もう。どこまで本気なんだか。

榛瑠はもう一度私を引き寄せると、今度はぎゅっと抱きしめてくれた。

波の音が聞こえる。空には星が光っている。いつか山の上で見た美しい星々を思い出す。

それから私を包む彼の体温と規則正しい心臓の鼓動。

そんな美しい夜だった。

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