おやすみ、お嬢様
そこで俺は思考を変えた。学校や将来や付き合っていた女のことやらに。でも、また、戻ってしまう。

頭の中に過去のことがよみがえる。これ、走馬灯ってやつじゃないだろうな、やめてくれよ。そのほとんどに一花が出てくる。結局、一番長く一緒にいた人間なんだからしょうがないのだが、うんざりもする。

よりうんざりすることに、どうしても今、一花が笑っている姿が思い描けない。俺のこともあるけど、婚約者に振られるってなんだ、それ。

あの男も人にさんざん勝手に張り合っておいて最後それか?いい加減にしろよ。その場にいたら殴りつけていた。

時間が過ぎて行く。足が熱を帯びて痛む。でもまだ大丈夫だ。

俺は持っていたチョコレートをかじりながらため息をついた。

……あの男、何で手を離したよ。俺が消えてやったのに。いいだろう、完璧に手に入らなくても。優しくするだけしてそれか、ないだろう?

そこまで考えて、ふと思い当たって声を出して笑った。誰のこと言ってるんだ?それ、俺じゃないか。

どんなに理由を付けたところで、結局のところ逃げ出したのだ。手に入らないものにジタバタするのに疲れて。望まれる未来をなぞるのに嫌気がさして。俺は自由に呼吸がしたかった。

だからあの館から逃げ出したのだ。何の疑問もなく笑っていた女の子を裏切って。

気づいたらうっすらと空が明るくなってきていた。もうすぐ、夜明けだった。
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