花咲く雪に君思ふ
プロローグ
この世界には、不思議なことで溢れている。

例えば突然重い病にかかったり、大人しかった人物がいきなり豹変したり。

それは全て、ものの怪によるものだろう。

悪いことや嫌なこと、自分は望んでいないのに、体が勝手に相手を傷付けることなど。

それはきっと、ものの怪が自分にとり憑いて、そうさせているのだ。

そう、全てはものの怪が悪い…………何て考えを持ってるやつが僕は一番嫌いだけどね。

都合の良い時だけ、神様とか仏様とか頼って、悪いことが起こると、今度はものの怪や妖(あやかし)のせいにする。

頭の中がめでたい奴が多くて参るよね。

ま、僕も陰陽師という職業に就いているから、全てを否定する気はないけどさ。

「桃矢(とうや)様!私は、私はどうすれば……気が付くといつも、妻や子供に手を上げてしまうのです!これはきっと、私がものの怪にとり憑かれているせいに決まっています!!」

確かに「疲れて」るみたいだね。

あんたが頼るのは僕じゃなくて、どう考えても医者だと思うけど?

精神的な病じゃないの?

「どうか、最年少でありながら、高い霊力をお持ちの天才陰陽師様!私を助けてくだされ!」

額を畳へとこすり付けるように頭を下げる男に、僕はわざとらしく溜め息を吐いた。

「はぁ……あのさ」

「は、はい」

「あんたには何もとり憑いてないから、僕にはどうにも出来ないんだけど。さっさと医者に診てもらいなよ。それ、精神的なやつだから」

それだけ言うと、僕は立ち上がる。

因みに、僕は尊敬に値しない人間には敬語は使わない主義だから、そこんところよろしく。

「あ、あの―」

「何でもかんでも陰陽師に頼ればどうにでもなるという考えは、早めに捨ててくれない?これはものの怪のせいじゃない。あんた自身の弱さのせいだよ」

呆然とこちらを見上げる男を無視し、僕は部屋を出た。

「なんてやつだ!あれで天才の陰陽師だと?!笑わせてくれる!女みたいな外見にあの態度。あれでは陰陽師の品位が疑われるな!!」

部屋の外からでもしっかり聞こえた罵声に、何時ものことだと気にせず外を目指す。

「よぉ、相変わらずキツいな」

「……呼んだ覚えはないよ。雨水(うすい)」

屋敷を出ると、見知った男が突っ立っていた。

顔に少し皺があり、前髪をきっちり後ろまで引っ張り結んである。

僕より一回りも年上の妻子持ち。

「仕事ついでに様子をな。……しかし、最年少で陰陽師になりながら、どこにも属さず、個人的に依頼を受けるようなやつ、おめぇくらいだな」

やれやれと肩をすくめる男―情報屋の雨水は、昔からの腐れ縁だ。

本当に腐った縁だね。ハサミかなんかで切っても良いくらいいらない縁だよ。

「僕はたまたまこの職業が合ってたからなっただけで、出世とか、この国のためとか、そんなことに興味はないからね。分かったらさっさと仕事に行きなよ」

「たくっ。人使い荒いくせに、普段はなんでこんなに邪険にされなきゃいけねぇのかね」

また肩をすくめて、雨水は手をひらひらと振った。

「ま、愛しの妻が待ってるなら、早く帰りたくなるのも仕方ねぇな!」

「ば、馬鹿!べ、別に僕は……と言うか、まだ結婚してな―」

「そんじゃな~!」

実にイラつく笑みを浮かべながら、雨水は去っていった。

……今度犬の糞を踏む呪いかけてやろう。

< 1 / 29 >

この作品をシェア

pagetop