姉の婚約者
 伊沢さんがそのまま黙ってテーブルに肘をつきその上に顎を乗せ、私を観察するように見た。なんだか動物園でサル眺めてる時みたいな顔だな。

「なんなんですか?」

「いやあ。面白いなあ、と思ってさ」

 なんなんだよ。もう。

「お前の姉さんは、俺が吸血鬼って言ったら喜んだけどな。妹にはこんなに怯えられるとは思ってもみなかった。そうか、俺が怖いのか」

「え?姉さん喜んだの!?」

 なんでだよ!

「面白い人ってさ」

……

「……そうなんですね」

体の力が抜けた。疲れて背もたれにぐったり体重を預ける。
 ああ、なんだか姉さんらしいや。そんなエキセントリックな言動を面白いと思うのはうちの姉さんくらいだ。もう帰れないだろう我が家が恋しくてたまらない。ああ、姉さんにITunes cardも渡せそうにないな。今も家で待ってんのかなあ。

「私、死ぬんですか?」

「いや、別にその予定はなかったがな。血、飲みたいって言ったから飼ってる奴の血でもあげようかと思っただけ……なんだが」

「ジュース出してる場合じゃないじゃないですか」

 喉の奥がひきつって旨くしゃべれない。伊沢さんはちょっと困った顔をしてこっちを見ている。いい気味だ。
 伊沢さんは組んでいた手を放してイスに深く寄りかかる。

「飲む習性のない動物が飲めるものでもないからな。おいしいやつで割って出そうかと思った。あと、お前の血を飲む気はさらさらない。だっておまえの血まずそうだもん。もっと日光に当たれよ。健康に悪いぞ」

「味のために健康になるつもりはない」

「そういう態度は寿命を縮めるぞ」

「これから死ぬのに?」

「だから殺すなんて一言も言ってないだろ。」

「どうなったってもういい。殺すなら殺せよ。どうせ生きてたっていいことないし。今、ニートだし。家族からも嫌がられてるはずだし」

 ああ、それは考えないようにしてたのに。また新しい涙がこぼれた。

「泣くんじゃねえよ!それは今は無関係の奴だろ?」

「死ぬ時くらい何が理由で泣いたっていいでしょ!」

「殺さねえって言ってんだろ!何回言わすんだよ」

「殺すんならさっさと殺せよ!」

「大体お前、さっきまで敬語だったじぇねえか! 何いきなり元気になってんだよ!」

「うるせえな! ぶち殺すぞ!」

「俺が殺さねえって言ってんだから、おまえも殺すなよ!」

 伊沢さん(?)はよそを向いて心底面倒くさそうにテーブルに肘をついてその上に顎を乗せる。

「泣くか怒るかかどっちかにしろよ。とりあえず落ち着け。ほら、それ飲めよ」

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