姉の婚約者
姉さんと伊沢さん
「昔の廃棄物処理場跡、覚えてる?」

「ああ、小学生のころ兄さんも一緒に三人で探検しに行ったらクッソ怒られた奴でしょ」

 といっても10年近く前いこの町が市になったときに再開発で工場と団地になったけど。

「そう、それ。三か月くらい前かな?あそこに夜行ったんだ。ほら、まだ端っこのほうは面影残ってるじゃない?」

「なんで、また。危ないでしょ?」

「まあ。そうなんだけどね。その時、彼氏とうまくいかなくてね、何が原因か忘れちゃったけど大きな喧嘩になったんだ。その時、彼氏の家、工場の団地の独身寮なんだけど、私、そこからはだしで飛び出したの。なるべく人のいないところ、って走ってたらいつのまにかそこに来てて。そこでね、あの人が警備してたんだあ」

「伊沢さん?」

「うん。この町の果てみたいなところで戻る気にもなれなくて、捨てられてた重機に寄りかかって考えてたの。このまま付き合ってていいのかなって。そしたらいきなりライト向けられて……」





「何してんです?そんなとこで?」

「何しててもいいでしょ?あなたこそこんな捨てられた街のはずれで、こんな夜中に何してるの?」


「自分の仕事は今日、誰も敷地内に近づけないことなんですよ。今は使われないこの建物で何かを燻蒸するんですって。ここにいると変な煙吸っちゃいますよ?」

「それって吸うと楽しい気分になれたりしないの?」

「麻薬じゃあるまいし……。いいから、その重機から降りてください。長年放置されてるからそれ危ないですよ。」

 そういってライトを下ろし、かなの目の前に手が差し出した。
かなは目の前の男の顔見る。暗くてよく見えない。でも、

「私。ずっとこうされるの待ってたのかもしれないわ」

「何言ってんです?もう燻蒸の煙吸いました?」
「くんじょう……」

「業務用バルサンみたいなもんですよ。虫が死ぬんですから人間も死ぬかもしれないです。だから、死ぬ気ないんなら早くしてくださいよ。このままだと自分もも危ないかもしれませんし」

「死んでもいいかも」

「ひとりで死ぬのってさみしくないですか?」

「全然。ひとって一人では生きられないとかいうじゃない。生きてるときに誰かのためにいなくちゃいけないんなら死ぬ時くらい、自分のために全部を使いたいの」

「……自分はいやですけどね。そもそもそんなにあなたも他人に貢献してるように見えませんし」

「なんにも知らないくせに」

「それはそうと心配してくれる人とかいないんです?」

「してくれそうな人のとこ今、飛び出してきた」

「ああ、それで裸足なんですか。最初、妖精かなんかかと思いましたよ」

「付き合う人付き合う人、なんだかいつもうまくいかないの」

「選ぶ基準が悪いのでは?それはさておいて帰ってくださいよ」

「私が悪いのかなあ」

「そうですね。ところで飲酒してます?」

「今日だって彼氏のとこにも帰れないし、家族に合わせる顔もないし」

「あ、ご家族いるんすね。連絡するんで電話番号教えてもらっていいです?」

「話くらい聞いてよ」

 めんどくさそうに伊沢がいう。

「なんで振られたのか本当にわからないんです?」

「うん」

「じゃあ、自分にわかるわけないじゃないですか。初対面なのに」

「それもそうか」

 納得したようにうつむいた。

「……ごめん。本当はわかってる」

「どっちでもいいですよ。じゃ、終わったんならどいてくれますよね」

 かなが重機から飛び降りる。
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