春雷
娘さんの足音がした。
やんわりと、僕も彼女も手を離した。
「琴葉さーん!パパ、今から家に一回戻って保険証取ってくるって!会社でトラブルがあって抜けられなかったらしいけど、こっちだって大事件だよね!!!まじ信じられない!」
「そうですか‥。じゃあ、僕もご主人がいらっしゃるまでここにいますよ」
「えっ、本当ですか?なんかパパよりずっと頼りになりますね」
ふと、娘さんの視線が僕の足元に行った。
「あれっ、高村先生っ、足も怪我したんですか?!すごく痛そうっ」
「ああ、どこかで片方だけ靴をなくしてしまいまして、その上、ガラスを踏んでしまったようです。歩けますし大したことはありません」
柴田先生の電話を受けて走っている間に、どこかで脱げてしまった。
治療が済み、片方だけスリッパを履いていた。
ふと、思いついた。
なんか、片足の靴なくした話あったな‥
「先生、お時間大丈夫なんですか?パパ、ちょっと遅くなると思いますよ?」
「大丈夫ですよ。それに、ほら、僕今日シンデレラですから、12時くらいまでいれるみたいです」
娘さんも、柴田先生も、ぽかんとしている。
(お、面白くなかったかな?こんなデカイシンデレラなんでいないもんなあ‥)
焦って取り繕うとした時
二人が笑いだした。
「アハハハハッ!先生!ウケる!先生ってそんなことも言うんだー!!!」
柴田先生は、口元が痛いから、
控えめに微笑んでいた。
「まあ、時間もありますし、レッドイーグルの話でもしましょうか」
「さんせーい!!」
ご主人が何を考えてるのかはわからない。
僕なら、妻が酷い目にあったら、それこそ
走ってでも行くだろう。
でもまあ、いい。
もっと最低な男だったらいいんだ。
(彼女の手は、僕のものになったし)
なんの焦りも感じず、のうのうと暮らしてればいい。
(次は、彼女の心をもらっていくよ‥)
今日という日を決して忘れない。
彼女の悲しみを僕が癒すんだ。
今日から、僕の戦いが始まる。