春雷
2016年 別れ
「たかむらせんせー!
フランス行かないでー!!」

「先生いなくなったら学校に来る意味がわかんない!行かないでー!」

高村先生の最後の授業の日。

彼は一日中、スマホのカメラと女子学生に追われていた。

学生食堂にいた女子学生達が一斉にざわついたので、彼が来たことはすぐにわかった。

逃げているのか、追われるのを諦めているのか、困り顔で彼は食堂に入ってきた。
女子学生達の群れの中でも、頭一つ抜き出て背が高いので、すぐに見つけることができる。
動く彼を少しでも記憶に残したい、
そう思う気持ちは私にもよくわかる。

花に群がる若いミツバチのような、一群が、
女性の甘い香りを残して過ぎていく。
美しく、華やかな若い女の子達。
彼が手を差し伸べれば、どんな女性だって、
手に入れれるだろうに

「なんで私なんだろう‥」

髪にツヤもなく、手は家事でガサガサ。
腰にはカイロを貼った女。それが私。

ため息を一つついて、箸に手を出し、わかめうどんをするすると口に運んだ。
暖かい優しい味が口に広がる。
今日も夫ときまづくて朝から朝食もたべそこねた。

「揉めましたか?ご主人と」

「‥‥嬉しそうですね」

「えっ、僕、顔に出てます?」

台風の目のような存在だったのに、
どうやって女子をふり払えたのか、
彼は一人で私の前に立った。

「同席してもかまいませんか?」

「どうぞ。すごく視線をかんじますが」

沢山の女子達に、遠巻きにすごく睨まれている気配がする。

当の本人は全く気付いていない。

コーヒーを一つ握りしめて、静かに、そして優雅に、腰をおろした。


「夫が、貴方の事、検索してましたよ。迷惑をかけてしまうかもしれません‥。うっかり、喋りすぎました。名前なんてばらさならさなければ良かった」

「僕は、覚悟はできています。最悪貴女に迷惑がかかるなら、僕がストーカーだったとでも言ってくれていいです。
しかし、貴女が良いなら、ご主人に、僕がいかに貴女を必要としてるか、プレゼンテーションでも」

「やめてください」

「すみません」


しばらく、二人とも黙って、
私はうどんを。彼はコーヒーを口に運んだ。
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