月夜に還す
 
 高柳滉太(たかやなぎこうた)二十九歳。

 今週初めに本社企画部に課長として赴任してきた高柳は、赴任初日から女子社員達の話題の的である。
 三十前にして本社課長というのは、異例のスピード出世だ。
 身長は推定185㎝。細身の体に長い脚がスラリと伸びていて、何かスポーツをしていたことが窺えるほどしっかりとした肩幅に、スーツの上からでも分かる分厚い胸板。
 そのしっかりとした体つきとは反対に、小さな顔にスッキリとした目元。少し前から人気の塩顔イケメン、というやつだろう。
 深いブラウンのツーブロックの髪は、彼を爽やかに見せている。

 
 「短い間だけど世話になったな。」

 駅までの道を並んで歩き出してすぐ、高柳はそう言った。

 「いえ、こちらこそ、課長が来られてからすぐなのに退職するなんて、本当に申し訳ありません。」

 「いや、一週間だけでも居てくれて助かったよ。加藤は来週からは有給消化か?」

 「はい。」
 
 
 加藤幸香(かとうゆきか)二十八歳。

 大学を卒業後就職して六年ちょっと勤めた今の会社を、今日退社する。
 正確には九月末付けの退社だけど、残り三週間で溜まりに溜まった有休を消化する為、今日が最後の出勤だった。

 その幸香の送別会と、高柳の歓迎会がさっき出てきた店で今日併せて行われたのだった。
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