暴走族の天使〜紡ぐ言葉を聴きたくて〜

決着

絵留side

北斗くんの本当の気持ちを知って

戸惑いや驚き、悲しみでいっぱいだろうなぁ……

だけど、人を好きになると

楽しいことばかりじゃないし

気持ちが交わらなかった場合は

切なくて苦しいっていう感情に支配されてしまう

だけど、そういった経験から

人は大きく成長するものだから……

交わらなかった気持ちを悲観しないで

誰かを好きになれた事を誇りにして

新たに前を向いて欲しいな

だけど……

この問題とあの問題は違うよねぇ〜

敢えて言うなら、ここからが本番よ!

好きだからこその行動だったとしても

超えてはならない、人としてのボーダーラインが

あるんだって事を分かって貰わないとね〜

「とりあえず、北斗くんの気持ちは伝わったよね?
だ〜け〜ど!!
心理学者であり、看護師でもある私から一言……

聞かなくても大体の予想はついてるんだけど
貴方の身体の傷はお父様によるものじゃないよね?
つまりは……
貴方自身が自分でつけた傷ってこと。
貴方のような境遇の子達を沢山診てきたから
分かるのよね〜!
だからこそ、人としても医療従事者としても
貴方の行為は許せないんだよねぇ。
人の良心に漬け込むような行為は……

貴方は暴力を振るわれる恐怖を知ってるでしょ?
そして、そんな貴方を小さな頃から知ってる
幼馴染の2人がどれだけ心を痛めるかを。

そんな方法で自分っていう存在を認めて貰っても
虚しくなるだけよ?」

私の言葉に唇を噛んで俯いた彼女

「……分かってます。
だけど……
北斗の傍に女の子がいるって思ったら
苦しくて、悔しかった。
いつも女の子には目もくれない北斗が
傍に居る事を許したんだって思ったら
身体が勝手に動いてて……」

彼女の胸の内を聞いて納得した

誰かを好きになれば周りが見えなくなって

思いもよらない行動を起こしてしまうことがある

恋するって気持ちは止められないから

自分自身にも、他人にも……

だけど、今回の件は明らかに度を超えた行動で

詩ちゃんの事を思えば、やっぱり許せない

詩ちゃんは彼女と同じ境遇であるが故に

彼女の気持ちが分かって身を引いたんだと思うから

彼女が安心して北斗くんの傍に居れるように……

恐怖や不安を感じているときに

心の拠り所があることが、どれだけ安心できるかを

詩ちゃんは十分理解してるから

彼女は本能のままに動くけど

詩ちゃんは自分よりも周りをよく見て

自分の気持ちを隠してしまう

優しすぎる詩ちゃんらしい行動だと思う

「そう……
だけど、貴方の行動が周りを巻き込んで
詩ちゃんを傷付けた事が私は許せない。

詩ちゃんは貴方と同じ境遇なの。
親に虐待を受けて心や身体に傷を負って
更には声まで失った。
そして喜怒哀楽の感情も失ってたの。
ここに居る私の他に涼風も日向も
そんな詩ちゃんを今までずっと見てきた。
やっと感情を表に出せたのは高校生に上がる頃よ。

そして、ここに居る彼等に出会って
更に笑顔が増えていたの。
彼等の居る場所は詩ちゃんにとって
心からの拠り所だった。

だけど、貴方の存在を知って
そして、貴方が自分と同じ境遇である事を知って
自ら大切な場所を離れたのよ……
貴方が安心して北斗くんと一緒に居れるように」

俯いていた彼女は驚きの表情を浮かべている

ここに居る子達も、さっきまでは

詩ちゃんの過去を知らないでいたから

当然、彼女も知りようがないよね

詩ちゃんの過去は私達3人以外は知らなかった事

「詩ちゃんはね、お母さんを事故で亡くして
その後からお父さんに虐待されてたのよ。
言葉と暴力でね。
だけど……詩ちゃんはお父さんを恨む事を
しなかった。
受けて当然の事だと感じていたからよ」

「えっ……どうしてですか?
私なら無理です、絶対」

「そうだよね……。
例えそこに何か事情があったとしても
お父さんが詩ちゃんにした事は許されない事よ。

だけど、詩ちゃんはお父さんを1度も責めなかった。

逆に自分を責めていたわ。
お母さんが自分を庇って亡くなったから……
お父さんの大切な人を奪ってしまったから……
お父さんが自分に向ける感情全てを受け止めるのが
当然だって話してくれたの……
それで償えるとは思ってないけど
お父さんの悲しみや苦しみを少しでも楽に
してあげたかったって……

でも結局は受け止める行為自体が
更にお父さんを苦しめてるなんて思わなかったって
今でも苦しんでるのよね……

被害者意識よりも加害者意識が強いの。
どこまでも優しくて温かい心を持ってるの。
自分が苦しむことよりも周りが苦しむことに
すごく敏感に反応するから……
貴方のことも自分が北斗くんの傍に居る事で
苦しませるって考えてた」

他人からしてみたら、それは単にお人好しって

言われる事なのかもしれない

だけど、どんな事をされても言われても

相手の気持ちを重んじる詩ちゃんが

心配ではあるけど、尊敬してしまう部分でもある

本当は自分も苦しんでるのに、私は大丈夫だと

本当の気持ちを隠してしまうから

人間が出来過ぎてるなんて思ってしまう

「自分が関わる人が、自分のせいで
傷付いたり、悲しんだりすることが
詩ちゃんにとっては何よりも悲しくて辛いの。

だから、自分の気持ちよりも他人をいつも
優先してしまう。
そこに何の損得勘定もないんだよね……

もっと自分の思うままに動いても良いのにって
思うけど、そう出来ないのが詩ちゃんなの。
だからこそ、幸せになって欲しいって思うの。
貴方にこんな事言うのは、酷なことだけど……

詩ちゃんの幸せを願ってあげて欲しい」

私の話を聞いて彼女はほんの一瞬だけ

瞳を揺らしたけど

1度目を閉じ、次の瞬間には柔らかく微笑んでくれた

「はい……」

「ありがとう。
もちろん、貴方も幸せになれるから
これからは前を向いて歩いて行ってね」

涙を滲ませた目をしながら小さく笑った彼女は

憑き物が取れたような表情を浮かべている

私はホッと息を吐いて涼風と日向に目を向けて

頷いた

さぁ、最後の仕上げだよ!

「じゃあ、今から当事者である詩ちゃんを
呼んで最後の話し合いをしましょうか!

貴方達の言葉で詩ちゃんを笑顔にしてあげて。
北斗くんは自分の本当の気持ちを……
貴方は貴方なりの言葉で謝罪すること。

それを受けてどんな風に捉えられるかは
詩ちゃん本人にしか分からないけど
心からの言葉は、必ず届くと思う。

ってことで!!
涼風、詩ちゃん呼んできてよ!」

「私はあんたのパシリじゃないんだけど……」

心底呆れた表情を浮かべながらも

立ち上がりかけた涼風をやんわりと止めたのは

ひーくんだ

「涼風は皆んなの飲み物でも用意してあげて。
ずっと話し合ってたから喉乾いてるだろうし
詩ちゃんも朱里と遊び疲れてるだろうから」

じゃあ、少し席を外すね……と

2階に向かうひーくんを見送って

私と涼風は皆んなの飲み物を用意しながら

詩ちゃんが幸せになれるようにと願った














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