人魚姫
「ううん、大冴じゃない、え、でもこれは」

 あのお爺さんのものじゃないの?真人のもの?どういうこと?

 そのとき大冴が出てきた。

「待たせたな」

 まだ目は赤く、涙声ではあったがいつもの大冴に戻っているように見えた。




 海辺の小さな町での水難事故。

 律は家出少女の最近起きた事故死とされた。

 律の外見の不可解さについては大冴と未來の証言は無視された。

 が、2人とも最初から信じてもらえると思っていなかったので警察の結論に異議を申し立てることはしなかった。



 
 大冴の別荘まで3人は一言もしゃべらずに歩いた。

 別荘に着くと、

「あ、あのあたしはここで」

 琉海は家の中には入らずに立ち止まった。

「どこに行くの?」

 振り返ったのは未來だった。

 大冴が階段を上がって2階へ上がって行くのが見える。

「ちょっと行きたいところがあるんで」

「どこ?僕も一緒に行くよ」

「ううん、すぐに戻って来るから未來は大冴と一緒にいてあげて」

 まだ何か言いたげな未來を残して琉海は駆け出した。

「琉海ちゃん」

 未來の声に琉海は振り向くことはしなかった。

 未來にはああ言ったが、琉海は戻るつもりはなかった。

 これでサヨナラ、だ。

 琉海は吹きつける風に向かって心の中で叫んだ。

 未來、いっぱいいっぱいありがとう。

 そして大冴、大好きだったよ。

 琉海の耳元で冷たい風が鳴った。

 ひゅうひゅうと琉海の代わりに泣いてくれる。

 残された時間はあと数日。

 琉海はこのままこの海辺の近くに身を隠し、その時が来るのを待つつもりだった。

 浜辺まで来ると琉海は砂の上に座って小さくなり、顔をうずめる。

 もうあたしは準備ができた。

 だからいつでも来て、大冴の心の中が律でいっぱいなうちに、早く。

 あたしは人魚に戻っても死んでももうどっちでもいい。

 ただ大冴さえ無事だったら。


< 166 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop