人魚姫
——真人は今でも海の中で眠ってる。

 琉海の頭がズキンと痛んで、脳裏に何かが映る。

 細い海藻のようにたなびく髪、閉じられた瞳の長いまつ毛。

 真人が海の底で揺れている。

 ゆらゆらと水のゆりかごに身をまかせ、永遠に眠り続ける。

「もしかして律は海男が……」

 海男が律を抱き海の奥深くに泳いで行く姿が見えた。

 眠る真人の横に律を横たえる。

 冷たく硬くなった律の顔がにわかに和らぎ、その顔に微笑みが浮かぶ。

 恋しい人のそばで眠る律、やっと愛しい人が手に入ったと、そう言っているようだ。

「でも今になってなんで律を」

 ずっとそのまま海の底、誰も知られずに真人のそばにいさせてあげればよいのに。

 海男はそっと手の伸ばし、琉海の頬に触れた。

 海男の瞳の奥に琉海が映る。

——真人は君に恋をした。

 きらめく太陽、黒い影。

——琉海。真人が恋をしたのは君だ。

「真人があたしに……?」

——君と真人はずっと前に出会ってるんだよ。

 琉海の体がカッと熱くなる。

 火花。

 琉海を救った黒い影。

「だって、あれは」

 海男の唇が動く。

——あれは真人。 

 最初に出会って触れた瞬間散った火花。

 首の後ろの星型のアザ。

 助けたのは琉海ではなく真人。

「じゃあ、やっぱり真人が陸の王子だったんだ」

 本来琉海が恋するはずだった運命の相手。

 1度も顔を見ることなく、死んでしまった琉海の恋人。

 琉海が大冴に惹かれたのは真人と同じ血が流れる兄弟だったからとでもいうのか。

「なんで真人は自殺したの?」

 それは教えられない、と海男は首を振った。

「海男はその理由を知ってるの?」

 海男は黙って琉海を見つめたままだった。

——琉海。

 海男は琉海の髪をやさしく撫でる。

——運命は変えられる。だから大冴のところにお戻り。

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