人魚姫

「おまえの変さ加減にはついていけねぇ」

 大冴は呆れてアイマスクを目の上に戻す。

 万歳三唱を終えた琉海は今度は祈り出した。

 神さまありがとうございます。

 やっぱりあの優しい男の人が陸の王子だったのですね。

 どうりで今思えば運命的な出会い方をしていたはず。

 琉海はふぅっと長いため息をついた。

 あの人とだったら恋もできるし契りも結べる。

 これであたしはもう安泰だ。

 一生肉の食べ放題だ。

 横で寝ている大冴をちらりと見る。

 口の端が何気に茶色い。

 さっき食べたチョコレートだ。

 東京に着いたらこんなお菓子男とはオサラバだ。

 全身汗をかいた男が機内に乗り込んで来た。

 まもなくして離陸の準備ができたとアナウンスが流れる。

 窓からのぞく空の景色は海の中に似ていた。

 でも海の方がきれいだと琉海は思った。 

 海の蒼の方がもっと深い。

 琉海は海の中が恋しくなった。

 1年の我慢だ。 

 1年すれば陸の王子を連れて海に戻れる。

 琉海はその日が待ち遠しかった。




 飛行場に陸の王子は現れなかった。

「道が渋滞してるだとよ。たまには公共交通機関でも使ってやるか」

 未來にすぐに会えなかったことは非常に残念だったが、琉海は初めて見る大都会に興奮した。

 それにしても人が多い。

 こんなに人が多くてよく空気が足りるものだ。





 電車はまさに大量殺人器だった。

「大冴」

 あっという間に人の流れに押され大冴と離れ離れになる。

 茶々丸を入れたケージを頭の上で支える大冴が遠くに見える。

 誰かに足を踏まれ、誰かの鞄が琉海の頬をぶつ。

 ぎゅうぎゅうに押されるのと空気が薄いのとで琉海は圧迫死しそうになる。

「痛っ」

 腹部に鈍痛が走る。
 
 こんな時に……。

 全身に嫌な冷たい汗が流れる。

 その時だった。

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