蜜月は始まらない
「柊選手のプロポーズの相手は女子アナとか女優とかセレブとか、巷ではいろいろ予想されているみたいですが」

「残念。とびきりかわいくて料理上手な、高校時代の同級生だ」



ニヤリと笑って、彼が軽やかに椅子から立ち上がる。

むくれた顔の、それでも今の発言に頬を染める私の前にやってきた錫也くんは、その場に片膝をついて私の左手を取った。



「俺と結婚してくれ、華乃。これから一緒に生きる相手は、華乃以外考えられない」



優しく甘くささやく彼の言葉は、いつかのお見合いの日と同じもののはずなのに──あのときと今じゃ、こんなにも感じ方が違う。

錫也くんの指先は、今は何もつけていない私の左手の薬指をいとおしそうに撫でていた。

彼にもらったエンゲージリングは、あの桜の細工のジュエリーボックスに大事にしまっている。

私の……一生の、宝物だ。



「なあ、返事をくれないと、聞かせてくれるまでベッドでとろとろにして泣かせたくなるんだけど」

「せ、急かすにしても、もう少し言葉を選ぼう?!」



錫也くんの不穏なセリフに一瞬心を乱されつつも、ふうとひとつ息を吐いて落ち着かせる。

そして私は、大好きな彼の前で微笑むのだ。



「──はい、よろこんで」



これからあなたと迎える本当の蜜月は、どんな日々になるのだろう。

そんなことを考える今の私は、きっと、幸せに満ちた顔をしているに違いない。
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