蜜月は始まらない

◆ ◆ ◆


「……くん、錫也くん」



いとしくてたまらない人物の声が、俺の名前を呼んでいる。

それに気がついた瞬間、固く閉じていたまぶたをゆっくりと押し上げた。

つい先ほどまで夢でみていたセーラー服の少女と、今まさに困ったような笑みを浮かべて目の前にいる最愛の彼女の姿が、重なる。



「おはよう、錫也くん。そろそろ起きなきゃいけない時間──」



彼女の言葉を最後まで聞かず、にゅっと布団から片手を伸ばして背中へと回した。

驚く華乃をそのまま引き寄せ、自分の上にダイブさせる。



「っわ!」

「華乃……おはよう」



もう片方の手もしっかりと回し、思うがまま力いっぱい抱きしめた。

仰向けになった俺に被さるような体勢になっている華乃は、腕の中でジタバタもがいている。離さないけど。

細い首筋に顔をうずめ、鼻から大きく息を吸って、口から吐き出す。

彼女の甘い香りをめいっぱい楽しめば、最高の気分のまま徐々に頭も覚醒してきた。

そうだ。ゆうべは、春季キャンプが始まる前にと宗さんと日比谷さんの婚約を祝う集まりが【むつみ屋】であって……まあ、ただ騒ぐ口実が欲しいだけなウィングスの面々がその名目を使うのは、もう数度目になるが。

あの週刊誌騒動のすぐあと、日比谷さんは出演したバラエティ番組内で堂々と宗さんとの交際を公表したのだ。

華乃が録画してくれていたそれを俺もあとから観たが、突然のカミングアウトに、共演者たちの方が相当慌てていたように思う。
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