蜜月は始まらない
「そうだな。俺もそう思う」



その横顔に、見とれる。学年が3年に上がり、同じクラスの隣同士の席になってから、何度も盗み見た横顔だ。

出席番号の都合で、偶然お鉢が回ってきたにすぎないけれど──綺麗な彼の顔を存分に見られるポジションを新学期早々手に入れた私は、とても幸運だったと思う。

柊くんはすごい人だ。
整った顔立ちもそうだけど……野球がすごく上手で、その実力は、プロ野球のスカウトの人がわざわざ彼を目当てに部活を見学しに来るくらい。

高2の途中に野球部顧問の先生からの禁止令が出るまでは、放課後毎日柊くんを目当てにグラウンドへ通いつめる女子の群れがすごかった、らしい。

私も一度だけその光景を遠巻きに見たことがあったけど、たしかにアレじゃあ野球部のみなさんは練習に集中できないよな、って感じだった。

でも。今回初めて彼とクラスメイトになって、いろいろと納得した部分もある。

柊くん、かっこいいんだもん。びっくりするほど端整な顔で、性格は硬派でクール。
笑わないわけじゃないんだけど、他の男子たちみたいにふざけてバカ騒ぎしてる姿なんて見たことない。

そして、そんなハイスペックにも驕らずに控えめで優しい性格。
先生から言いつけられた雑用だって私ひとりで充分できたのに、「監督にはチームメイトから伝えてもらうし、日直は俺たちふたりだろ」と言って一緒にやってくれた。

彼のことだから、きっと早く部活に行きたいはずなのに。それを微塵も表に出さず、とりとめもない雑談なんてしながら。

なんていうか、雰囲気あるんだよなあ。ほんとに私たちと同い年?って疑いたくなる。

まあ私は一部の過激派と違って、こっそり目の保養にするので充分なんですけど……。



「あ、日付と名前書いてなかった」



ふと、日誌に視線を戻した柊くんがつぶやく。

骨っぽくて男の子らしい手が動き、まず今日の日付の欄を埋めて。

それから、氏名欄に自分の名前と──……。



「はなくら……かの、と」



無意識だろうか、そうつぶやきながら迷いなく【花倉華乃】と記入する。

私は驚いて、思わず彼をポカンと見つめてしまっていた。



「え、なに? 字違ったか?」

「や、ううん……合ってたから、びっくりしたの」

「びっくり? するようなことか?」
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