蜜月は始まらない
球場に持って行っていたボストンバッグを自室に置き、洗面所で手洗いうがいを済ませる。

ダイニングテーブルに近づいてみると、すでに夕飯の準備は整っていた。

今日は彼女も仕事があったはずなのに、その手際の良さに驚く。

俺に気づいた華乃がこちらを見上げてニッコリ笑った。



「今日はね、錫也くんがヒーローインタビューだったお祝いにデザートも作ってあります。がんばったで賞!」



さっきアプリでインタビューの動画観ちゃった、とうれしそうに報告してくる彼女を見つめたまま固まる。

……に、さん、ご、なな、じゅういち、じゅうさん、じゅうなな……。



「え、いきなりそんな遠い目をしてどうしたの錫也くん」

「素数を数えてる」

「素数……?」



──早く。

彼女の心も身体も、自分のものにできたらいいのに。
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