片恋スクランブル

私の腕は握ったまま、スーツから名刺を取り出して私の目の前に出す。

私でも読めるくらい近くに。


「◎◎物産経営企画部課長 御園生 千里(ミソノオ センリ)……さん?」

「そ、怪しいもんじゃないだろう?」

……確かに、有名企業の名刺と肩書きは立派だ。本人のものだとすればだけど。

そして、この会社って私が勤める会社の親会社だよね確か。

「じゃ、身元がハッキリした所で行きますか。」

グイッと腕を引かれる。

「待って……!」

「なに?」

下手に対応して、うちの会社に何か迷惑かけたりとかしないのかな?

私ごときの眼鏡を弁償させたりとかしてもいいわけ?

頭の中でグルグル考えていた私に。

「なんか、面倒臭い事考えていそうな顔してんなぁ」

頭をかきながら、彼は溜息をつく。

「いいか?俺は、ただ俺が壊した眼鏡の弁償がしたいだけ!他意はないから安心しろ!」

言うなり、道路沿いに立ち片手をあげてタクシーを止めた。

「乗って!」

強引に私をタクシーに押し込み、自分も隣に乗り込んだ。

何が起こっているのか分からなかった。

呆然とする私に、隣に座った御園生さんはネクタイを弛めて、息をついた。

足を組んで、頭を後ろに反らせて、目を瞑っている。

隣に座っている人間の気持ちなどお構いなしな、不遜な態度で。

そして、相手のペースに逆らえず、こんなところに座る羽目になった自分の弱さに落ち込んでしまう。

……偉い人って、強引で我が儘で回りを省みない。苦手な人種だわ。

思わず彼の横顔をジロジロと見てしまった。

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