片恋スクランブル


「あれは逆ギレ以外のなにものでもない」

「想像すると怖いですよ」

「あぁ、怖い。マジで」

あはは!と笑った八木さんは、少し前の、私が大好きな八木さんで。

ホッとした瞬間。

涙が溢れた。

「橘さん?」

驚く八木さんに、私は慌てて大丈夫ですと言って、涙を拭った。

バカ。

もう!泣くことないのに。

八木さんが変に思うのに。

「ちゃんと伝えてくださいね?白川さんにも、菅谷さんにも」

叱るような口調で言ったあと、ペロッと舌を出して笑った。

「善処します」

そう返した八木さんの穏やかな顔は、それまでの私の鬱々とした気持ちを少し、浄化してくれた気がした。

「じゃないと、殴られちゃいますよ?菅谷さんに」

「……そだな、振られるのは慣れてるんだ。潔く菅谷に伝えてふられてくるのもいいかもな……」

よし。

と、意気込む八木さんを私は黙ったまま頷いた。

大丈夫だよ、八木さん……。

八木さんがふられることなんて、絶対ないから。

「あ……すっかり遅くなってる。橘さん送るよ」

壁時計は既に、23:30を過ぎていた。

さすがに終電も終わっている。

「タクシー呼ぶよ」

八木さんは、携帯をとり電話を掛けてくれた。

私は荷物を持ち、玄関で靴を履いて扉を開けた。




「……え、」


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