また、いつか。
~その笑顔を~
 「でさー、風璃、聞いてよ!」
夏休みになり、夏季補講の後、同じクラスの彩波(いろは)としゃべっていた。
「んー?」
「彩波ね、一学期の成績見せたら、お母さんにめっちゃ怒られたの!もうすっごいムカつく!しょうがないじゃん、コーラス部地味に練習多いんだから!」
「確かにねー。あれはもはや運動部だよね」
歌やピアノがずば抜けて上手い彩波は、コーラス部に入っている。文化部のはずなのに、ほとんど休みはないし、走りこみや柔軟体操までやらされているらしい。
「でしょー?そしたらね、風璃たちのこと引き合いに出してくるの」
「わたしたちのこと?」
「風璃ちゃんはほぼ毎日スイミング行ってるし、心桜ちゃんもテニスで忙しいし、愛鈴香(えりか)ちゃんもビーチバレーやってるのに頭いいでしょ?って!」
心桜はテニス部に入っているけど、部活のない日にわたしと同じスイミングスクールで水泳を楽しんでいる。彩波と一番仲のいい愛鈴香は、外部でビーチバレーを習っている。
「でもほら、彩波はバカだけど元気で明るいのが取り柄だから」
「全然慰めになってないよー!・・・あ、やば、そろそろ部活始まる!彩波もう行くね!」
「はーい、いってらっしゃい!頑張ってね!」
 バタバタという足音が遠ざかって行った後。彩波の机の上にお弁当が置き去りにされているのに気付いた。こんな暑い日にお弁当を置いて行ったりしたら、絶対腐っちゃう。
「届けなきゃね」
わたしは彩波のお弁当箱を持って立ち上がった。
 音楽室に近づいていくにつれ、ピアノの音がかすかに聞こえてきた。彩波が弾いてるのかな?と思いながら、音楽室のドアを開ける。
「こんにちはー!彩波いるー?」
「あっ、風璃!それ彩波のお弁当じゃん。わざわざ届けてくれたの?ありがとー!」
「どういたしまして。お弁当忘れるとか,やっぱり彩波バカでしょ。わたしが気付かなかったら、彩波が取りに行った時には、絶対腐ってたよ」
「ひどーい!彩波そこまで長時間放置するほどバカじゃないし!」
 「渚月(なづき)、今日もレッスン室使わせてくれてありがと・・・って、何で雪野(ゆきの)がいんの?」
奥の小さなレッスン室から出てきたのは、何と同じクラスの音原くんだった。
「音原くん!?何でっ!?実はコーラス部だったの!?」
思わずとんでもないことを口走ってしまった。わたしの突拍子のない発言に、音原くんは小さく笑った。
「いや、サッカー部だから。実はおれ、最近奥のレッスン室で、ピアノ使わせてもらってるんだよ。家にある電子ピアノだと、やっぱり音がグランドピアノと違うから」
「そうなんだ」
そもそもピアノを習っていたことすら、知らなかった。わたしの中で、音原くんといえば、サッカーのイメージだったから。
「もしかして、音大とか目指してるの?」
「うん、いまのところね。おれ、ピアニストになりたいんだ」
「へー、ピアニストなんて、なんかカッコいいね!」
音原くんは、一体どんなメロディーを奏でるんだろう?いつか、聴いてみたいな。
「そう?ありがと。・・・それで、雪野はなんで来たの?コーラス部に入部とか?」
照れたように笑って、そう聞いてくる音原くん。そのどこか恥じらうような笑顔に、胸の奥がきゅん、と甘く疼いた。なんなのかな、この気持ち。
「彩波がお弁当教室に忘れたから、届けに来たの」
「あー、なんか渚月らしいな」
「ちょっと、彩波らしいって、どういう意味なの?」
笑い出した音原くんの肩を、彩波が怒ったように、バシッと叩く。音原くんのその笑顔は、サッカーでシュートを決めた時に見せる笑顔と同じで。もっと、その笑顔を、近くで見てみたいと思った。
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