名取くん、気付いてないんですか?


 ————あれから、俺たちは毎日放課後あの公園で話をする。


 話の内容は日によってバラバラだ。ちなみに昨日は手裏剣の折り方講座をしてやった。前に俺があげた手裏剣をかなり気に入っているらしく、毎日持ち歩いているという。少し、照れくさい。


 今日は何の話をしよう。友人と別れ、先についているであろう葵の元へ小走りで急ぐ。


 公園に到着すると、葵はひとりですべり台で遊んでいるようだった。



「……よお」


「あ、う、うん」



 目が合うと、慌てて滑り落ちてくる。



「ひとりで遊ぶのって、楽しいの?」


「え……ま、まぁ、何もしないよりは、まし……」


「………もうござるって言わないのな」


「……………………ござるっ」



 蒸し返されたくないことだったのか、すねながら吐き出してきた。「これで満足か」と言わんばかりに唇を突き出し、そっぽを向きながら目線だけよこす。


 これは、思わず噴き出さずにはいられない。葵はもっとすねだすが、面白かったんだから仕方ない。


 しかし意外ながらも似合うんだよな、ござる口調。こちらとしてはもっと言ってもらって構わないんだが、葵としてはまだ恥ずかしさが勝るのかちゃんと文章として言ったのは手裏剣を渡したあの日だけ。


 まだまだだな。そんなんじゃ、俺の足下にも及ばない。及ばれたら、えらそうな顔もできなくなるからな。



「よし、今日はござる口調を極めようぜ」


「えっ……やだ」


「残念、強制でごさる」


「あ、すごい、真顔だ……」


「極めてるからな。師匠って呼んでいいぞ」


「すごいです師匠」



 ん……? なんか俺おだてられて軽くかわされてない?



※ ※ ※



 警戒を、していなかったわけではなかった。



「あれ~? はっ、何これ」



 学校で、葵が人に絡まれている。


 嫌な予感しかしない。いや、もうほとんど確定だと言っていいだろう。絡んでいた相手は、特に葵のことを嫌っていたやつだったから。


 やつの手には青とオレンジの手裏剣——俺が、葵にあげたものである。


 嫌な気分にしかならなかった。葵も、何も言わないではいるがやつを睨みつけている。だけど、そんなもの通用するはずがない。余裕に笑顔を浮かべて、葵の反応を楽しんでいるのだ。



「………して」


「は? 何? 何か言いたいことあんの?」


「返して!」



 葵が、感情を前に出した。
 

 俺はもちろん誰しもがそれに驚き、一瞬にして教室は黙り込んでしまう。


 俺は……拳を握りしめるばかりで、ただそれだけで、葵のために何かすることはできなかった。悔しいただただ悔しい。思うのはそれだけで、行動には出せない。


 やはり、俺は強くなれなかった。葵はどんどん変わっていくのに、俺は何も変わらなかった。辛い思いをして、自分を犠牲にして助けることは、叶わなかった。


 ————初めから、俺はヒーローになんてなりたくなかった。



「……何それ。うっざ」



 やつは手裏剣を地面に投げ捨てると、もう飽きたと言って教室を出て行く。


 ほっとしてしまうのは、間違いなんだろうか。


 それから教室は活気を戻し、葵は手裏剣を拾う。自分だけ時間が止まっているような感覚でざわざわと周りの雑音だけが動いていて。


 もう一度強く手を握る。ずっとずっとずっと強く。俺が傷つくのは違う。葵は、もっともっともっと痛かったはずだから。


 友人に声をかけられるまで、俺はそうして立ち尽くしていた。



 ※ ※ ※



 きっと、葵と仲良くしたのは間違いだったと思う。


 毎日放課後、楽しかった。心がふわふわと舞い上がるくらい、葵と話すことを一日の楽しみにしていた。


 だけど俺は、一度も教室で葵に話しかけようとはおもっていなかった。それは俺自身が弱かったから。一人の大切な人より、大勢の他人を選んだ。弱者になりたくなかった。


 葵はまだいじめられ続けている。俺に助けは求めてこない。呆れられたのか、迷惑をかけたくないからか、わからなかったけど、俺はそれにほっとした安心を感じていた。葵はそれをわかっていたのかもしれない。 



「師匠、今度一緒に忍者村に行きたいです。……でござる」



 まだぎこちないござる口調で、葵は笑った。



 俺は今日で葵と会うことをやめようとしていた。彼女を守れない罪悪感と、どんどん深くなってくる彼女への情。それに恐怖を感じてしまった時点で、会う資格なんてないのだ。




「————ああ、また今度な」




 いじめがばれて、葵は引っ越すことになった。


 引っ越しの前の日に会いに行けば、葵の母親に怒られた。「どうして何もしなかったの」って。涙は一滴も流れなかった。




 ああ——やはり、俺は葵に近づいてはいけなかったのだ。



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