Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
 バスルームの扉の横にある棚に、新しいバスタオルが置いてある。
 雨宮が用意してくれたのだろう。最初に出してくれたものは、千紗子が逃げ込むときにバスルームの中に持って行ってしまったから。

 体を拭きながら足元を見ると、そこには昨日の朝、自分が持って出たお泊り用の鞄が置いてある。

 (美香さんのおうちで使う予定だったのに…)

 雨宮の家でこうして広げることになろうとは。
 この荷物を準備した時の自分には想像もつかない事態になっていることを思うと、千紗子の胸は締め付けられるくらいに苦しくなった。

 (今は、ここを出ることだけ考えて…)

 自分にそう言い聞かせた千紗子は、鞄の中から新しい下着や洋服を出して手早く身に着けていく。
 化粧道具一式ももちろん入っているので、とりあえず軽く体裁を整える程度に化粧をしてから、脱いだものを畳んで置く。

 (私が着ていた服はどこにあるんだろう…)

 そんなことを考えながら鞄に使ったものを戻して、顔を上げた。
 鏡に映る自分の顔はひどく暗く、泣きすぎた目は若干腫れぼったい。

 (瞼が重いけれど、思ったほどは腫れなかったのね…)

 意識を失うその瞬間まで、千紗子の瞳からは涙が途切れることなく流れ続けていた。
 あの現場では一粒の涙すらこぼさなかった千紗子だけれど、マンションを飛び出して、後ろから追いかけてきた雨宮に腕を掴まれた時にはもう千紗子の頬は濡れていた。
 停めてあったタクシーに再び押し込まれるように乗せられて、無言のままここに連れられてきた。
 
 あとは思い出すと羞恥しかない、あの場面へと繋がる。

 ざっとここに来た経緯を思い出しながら、鞄を持ってパウダールームの扉を開けた。
< 40 / 318 >

この作品をシェア

pagetop