24時間の独占欲~次期社長が離してくれません~

 メトロの階段を駆け下りるサラリーマンが、二人を邪魔くさそうに一瞥していく。


「っ……!?」

 突然、立花は彼女の手を引いて階段を上がりはじめた。
 驚きで言葉もなく、ただただついてきた伊鈴は、不意に鳴り出した鼓動を隠すように、冷雨で滲んだ銀座の街を見渡す。
 そして、立花の顔を見れず、雨に濡れる彼の足元に落とした。

 着物の裾の色がところどころ変わりはじめているが、本人はまったく気にする様子もなく、ゆっくりと鉄紺色の番傘を開いている。


 白檀の優しい香りが舞う。まるで、傷ついた伊鈴が甘えることを許すように漂っては、彼女の心に染み入るようだ。

 初対面の立花に、心を明かすつもりはない。
 だけど、どんなに強がっても悲しみは枯れず、消せぬ思い出が友情と恋の狭間で形を歪め、涙は溢れる一方で……。

 立花は伊鈴の背中に手を回し、そっと引き寄せた。
 また瞳を潤ませていた伊鈴は、彼の腕の中でひどく戸惑う。


「……十河さん、すみません。泣いているあなたをひとりにできるほど、冷たい男にはなれません」

 立花は、どうしようもなく惹かれた恋に落ちる覚悟をした。

< 37 / 146 >

この作品をシェア

pagetop