三途の川のお茶屋さん



三途の川に来て、私は何故か正気だった。

私は死する直前までの全ての記憶を持っていた。

「私、川は渡りません。ここで悟志さんを待ちます。最期に一目、会わずには逝けません」

もう何度目にもなる押し問答。

「だーかーら、ここで待ってたってその男が来るのは、えーっと……」

十夜は困惑しきりの様子で、いつの間にか湧き出た帳面を捲り出した。

「……あと三十年も先だぞ?」

十夜は帳面のあるページで目を留めると、そう告げた。

「ならここで三十年、悟志さんを待ちます」

悟志さんは四十歳だった。それは悟志さんが七十歳まで生きるという事だ。

「あのな、本来閻魔帳の内容を言うのはルール違反だが、そもそもお前が前世の記憶を持ってるのがあり得ない話だから例外で言うぞ? その悟志って男は嫁と子供らに見送られて、天寿を全うしての大往生だ。分るか? 三十年後、お前の事は男の中でとっくに過去になってるんだ。お前の事など覚えていない上に、男は他の女の夫であり、父親だ」



……そう、そうか。だけどそんな事は、分かっている。


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