うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
2ついつい溜まっていた愚痴が噴出しまして。
研修と試用期間も終わり。
外回りが辛い夏がやってくる。
ただ、ビールの美味しい季節でもある。
もう親父のように泡をつけてぷっは~っと息を吐いて飲みますよ。
多少のビール臭さはいいんです、それが夏なんですから。


課内の飲み会が開かれた。
ビアテラスでテーブルにはバーベキュー。

最初は少ない女子が固まる。
三人いる先輩、誰もが同期はいない、皆が別の年に入社している。
少ない人数でも仲良しで、本当にうれしい。
意地悪な人はいない。ほとんど個人個人で仕事をしているようなものだし。
営業と言っても自分で新規開拓などということはなく、企画に合わせて相手を探してもらい、簡単な書類を作ってもらったうえで初めて営業に仕事が来る。
担当を割り振られ、打ち合わせを繰り返し、中身を細かくまとめていく。
そんな感じで、営業成績をグラフにして壁に貼りだして競い合わせるような会社じゃじない。

だから怖いお局様なんていない。
ライバルなんかじゃなくて、分からなかったり困ったら誰にでも相談できる、そんな雰囲気だった。

それによく見たら先輩のメイクだって午後の仕事終わりの時間でも華やかなくらい。
スーツだって黒っぽい服の中は、個性的で、色目も形も華やかな仕上がり。
つい、一人の先輩の服を褒めた。
見たことなかった。初披露かも。
さりげなくチェックしてるのは女性だから仕方がない。
普通に興味を持つ範疇です。

「ねぇ、美弥ちゃん、もっと明るい服似合うでしょう、メイクも、全体的に抑えめだよね。」

まるで私の努力が足りないみたいに言われる。
普段は違いますよ。

「仕事だと少し落ち着いて見られたほうが信頼されるかと思って。」

「そうだけど、ちょっと気になったから。」

「可愛いのに、もったいないよね。」

言いたくない。メイクが濃いって言われたなんて。
気にして更に控えめにしてるなんて。

そう思ってたのに。

かぶりついて食べていたスペアリブの油を落とす勢いのままにビールをおかわりしていたらしい。
いつの間にか心が緩んで、日ごろ抑えていた黒いものが顔を出して、愚痴を言ってしまった。
それが愚痴に聞こえたらいいけど、文句だとも言える。

はっきり文句かも。

表情が嫌悪感丸出しでなかったらいいけど。
つい、メイクのことを言ってしまった。

しばし静まった三人。

ああ・・・・・やばい。
ついつい・・・・油断した。
ビールがしみこんだ頭でもそうは思ったのに。続いた・・・・。

メイクのことだけじゃないんです・・・・・。
息が続く限り・・・というようにドドドって並べてしまった・・・・明らかな文句。
スッキリしたと思ったのに、先輩達がびっくりしていて、慌てて言った。

「あの、今のは無しでお願いします。ついつい悔しくて言ってしまいました。いいです、別に。」
勝手に、気に入られてないならしょうがない、そう思うしかない。

「そう・・・・、あんまり、そんな印象がないから・・・・」

「そうだよね。直接指導受けたこともないし。話をしたこともないくらい。」

やっぱり印象が悪いのは私だけらしい。

「そうだと思います。他の同期の子も別に何も言われてません。」

なのに私は・・・。
ちょっとやばいと思ったから抑えたのに、ムカッとした思いは簡単にもう一度顔を出した。

「きっと昔にこっぴどく振られた女の人が私に似てるんですよ。だからきっと顔を見るのも嫌なんです。もう、そうに違いないです!!」

嫌われる理由が思い当たらなくて。
そう言ってから改めて思ったりした。
・・・・そんな事思ってたんだ自分、今自分でも初めて知った。

「まあ、そんな話は出来ないけど。今度機会があったら聞いてみるから。単に嵯峨野君が頼りなくて口出ししてるとか?」

「まあね、ちょっと優しいと言うより、頼りないかな?」

「別にいいんです。合わない人が一人くらいいてもしょうがないです。近寄らないようにしてます。」

それすらもバレると睨まれるんだけど・・・。

すっかりお酒を堪能して、その内席がバラバラになり、入れ替わったりして、自分では動かなくても周りが動いてくれたので、近くに座った人と話をした。

それでもいつの間にか同期が二人隣に来た。
その安定感はさすがで、いつもの慣れた顔ぶれに心が落ち着く。

二人が私に何も感じないように、私も二人の事を意識はせずにいる。
いつものように乾杯し合い楽しくお酒を飲み、肉にかぶりつき、唇が光る。
いつもと同じはずなのに、やっぱりさらに飲み過ぎたみたいで、その内私の話がまた愚痴になってきた・・・。
止まらないものはしょうがない。
今日は無礼講で吐き出す日。
そう思うことにした。

「だって全然だし、なんでこんなに私が女らしさを封印しないといけないの?」

「別に何も言ってないよ。」

「そうそう、ご自由に。封印なんてしないで解放してもらっても構わないけど。」

二人とも彼女がいるから、だから安心して飲みに行けるんだから。

「別に二人だけじゃないけど、全然誰にもそう見てもらえてる気がしない。なんで?新人の唯一の女性なのに。なんだか男性三人と変わらない扱い。仕事ではそれはうれしいけど、その他でも全くだし。そんななの?だんだん自信がなくなってきた。もともと満々でもないのに、努力してても少しも誰も何も言ってくれない。」

誰に何を言ってもらいたいんだか自分でも分からないが、思い描いてた社会人大人女性のオフィスライフとはかけ離れてる気がする。

「努力しなくても、そのままで大丈夫だよ。僕たちだって彼女がいなきゃ誘わないよ。三人とも彼女がいるから楽に誘えるんだよ。いなかったら少しは気を遣って考えるし。それに一緒に飲んでて楽しいよ、ね。」

「うん、もちろん。いつも楽しい。」

「他の課の男も誰も誘わない?もし誰か一緒に飲みに行きたい奴がいるなら声を掛けてみるけど?」
「いない。」

即答したら二人が黙った。

「今日は飲み過ぎてるね。割り勘じゃないとこんなに酔うんだ。」

「珍しいね。でも、大丈夫?気分悪くなったり、帰れなくなったりしない?」

「優しいね。きっと来年は優しい先輩になれるよ。いい先輩になろうね。」

「・・・・うん。」

糸井君と輪島君と話をしていた。
そう二人とも彼女持ち。だから楽に付き合える部分がある。
もう一人の同期の迫田君が向こうにいるのが見える。
ああ、あの先輩の近くにいて笑ってる。
楽しそう。
あんな顔見たことない、いつも睨み顔か厳しい顔ばかりなのに。

「ねえ、もしかして、今日は飲み過ぎたいくらい、何かあったの?」

「ないよ。何かいい事あればいいのに、何もない。どうせ地味だから。」

二人が黙る。
とうとう肘をついて顎を乗せてしまった。
目の前にあるのは肉とポテトと、玉ねぎ。
もうお腹いっぱい。

「どうしたの?なんだかいつもと違って澱んでない?」

迫田君がやってきた。真っ赤な顔をしてる。

「ああ、なんだか天野さんが元気ないんだよ。もしくは単なる飲み過ぎ。」

「へえ、珍しいね。酔ったらどうなるのか楽しみだったのに、落ち込むパターン?」

同期四人が揃った。

「なんだか迫田君は今日も楽しそうだね。」

さすがに顎をあげた。
グラスを持ってちょびちょびと飲む。

「だって暑いから。ビール美味しいよね。それもう温くなってない?新しいのもらってくるよ。」

返事を待たずに新しいグラスとビールを取りに行ってくれた。

「迫田はフットワークいいよな。もてるはずだよ。」

「そうなの?」

「うん、結構声かけられてるよ。それが年上の先輩からもあるんだから、何で年上?って感じだよね。どう?女性からしたら。」

「そうなの?まったく・・・・。」興味ない。

そんなこと思ってもいなかった。
一緒にいて楽しいのは三人一緒。誰かが飛びぬけてるって思ったこともない。

かっこいい?
さあ?

戻ってきた迫田君をまじまじと見て、そんな事を思いながらもお礼を言う。

「ありがとう。気が利くね。」

「でしょう?」

そう言って笑う。
まあ、軽いって感じでもないか?
でも先輩からも?同期からも?
全く知らなかった。

「ねえ、人気者の迫田君に質問。」

手をあげて迫田君を見る。
他の二人の視線を感じる。

「ねえ、じゃあさあ、私はどう見えてるの?いつも普通にただの同期で飲み仲間みたいだよね。女扱いされてない気がする。」

「だって仲間だから、かえって特別にそうすると悪いかなって思って。別に天野さんも僕たち誰にも興味ないよね。」

「うん。」

そこは言っておこう。はっきりとそれは自覚してる、お互いに。

「だから普通にしてるけど。」

「それはありがとう。でも、どう?」

「・・・・・うん、まあ、いいよ。」

何だ今の答えは?

「そう。」

納得するしかない。
ここで掘り下げても自分が可哀想になるだけの気がしてきたから。
さっきの二人の、そのままでも十分、みたいな褒め言葉の方が良かった。
迫田君、どうしてそこは気を遣ってくれないんだ。
ビールの冷たさより今の私には大切だよ。

「天野さんは年上がいいんじゃない?五歳とか十歳くらい離れた大人の人。」

そう言った迫田君。

「何で五歳とか十歳とか、具体的なんだ?」

「別に・・・・でも同期とか年下よりは、年上かなって。僕のイメージだけど。」

「今までの彼氏は?」

「別に同じ年。ほとんどそう。」

「そうなんだ。」

「年上合うと思うよ、な?」

なんだか迫田君が無理に他の二人に振っている気がする。
この話題は終わらせたいのかもしれない。
さっき否定したけど、迫田君が危機感を感じてる?
ないない、まったく興味ない。
ちなみに二人の返事も微妙だった。
私の横に男性がいるっていうのが、想像できないって事?
もしかしてそんなイメージも湧かせられないくらいの地味さなの?色気無しなの?

ガッカリした。

彼氏がいないのは半年くらいなのに。
そんなにカラカラなつもりはないのに。

「だんだん目も覚めてきた。飲もう!」

「やっぱり強いね。どんだけ飲んだの?」

「知らない。適当にお代わりしてた。」

夏らしく話題は恐怖体験になった。
だからといって誰も霊感が強くもなく、悲しい不幸話にも縁がなく。
知り合いの話とか、テレビで見た話とか、ちょっと不思議な話とか、そんなレベルだった。何とも平和だ。
恐怖話のわりに笑顔と嬌声が上がる。
私だけじゃなくて他の三人もすっかり酔っていたから。
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