うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
20始まった関係はやっぱり不安定だから。
昨日はご機嫌に目が覚めたのに、今朝はため息とともに起きだして、鏡を見る。
こんな日は言われなくても化粧もしたくないくらいな気分。
顔を洗ってさっぱりして、適当に化粧をする。

部屋を出るまでに何度ため息をついたか分からない。
携帯を見ても誰からも連絡がなかった、和央、何で?

会社のビルを見上げてため息を吐いて、気分を変えて、エレベーターに乗り込む。

「おはよう。天野さん。」

「おはよう。迫田君。」

「どうしたの?元気ない?」

「そんなことないよ。普通。」

「さっきすごいため息ついてたけど。」

「見てたの?」

「だってすぐ後ろにいたし。」

「大丈夫だよ。何でもない。」

「そう、今日飲みに行ける?」

「うん、行けると思う。外に出るけど帰ってくる予定だよ。」

「じゃあ、また夕方改めて誘う。じゃあね。」

そう言って手を振って奥の席に行った。
そう隅っこ、奥の席に近いのだ。
手を振った迫田君越しに石橋さんの姿が見えた。
別にいいけど、ただ見えただけ。
迫田君がこっちを向いてた時に少し目が合った気がしたけど、分からない。

まだ早いから、荷物を机において休憩室でコーヒーをセットして、自分のマグカップに入れた。

あああ、先週までよりずっと嫌な気分になってる気がする。
何でだ?
それは昨日の電話のせいでしょう。

もう・・・・。

ブラックのままマグを持って廊下に出たら、そこにいた。
ビックリしたけど、会社では無視です。
先輩に挨拶はしますが。

「石橋さん、おはようございます。」

そう言って体をひねるように横を通り過ぎた。
さすがに腕を掴まれることもなかった。
ここは会社ですから。

コーヒーを飲んでガムを噛み、スッキリとした気がした。
それは普通に振舞えた自分に対しても。

10時になって嵯峨野さんと出かける。
間にお昼ご飯を挟んで二件。
合間に報告書を打ち込む時間があるくらい。

この二か所もその内終わる。
嵯峨野さんと一緒にランチを取ることも本当になくなる日が近い。

「嵯峨野さんの指導者は石橋さんですよね。」

「そうだね、今でもいろいろ教えてもらってるんだ。冷静だし頼りがいがある人だから。一緒にまわってる時は普通の雑談の中でも、知らない事をいろいろ教わったよ。」

「そうなんですか。」

冷静???どこが?

「普通指導係は三年目の人が担当するんですよね。」

「そうだね。今年は新人が4人もいたからね。でもいいでしょう?四人とも仲良さそうじゃない?女子一人だと可哀想かなって思ったけど、思った以上に溶け込んでるよね。」

「はい、そう見えますよね。私もいい具合に馴染んでると思ってます。」

「そろそろ独り立ちだね。」

「そうなんです。本当言うと不安だし寂しいし、でも頑張ります。いろいろ教えていただいたので、ちゃんと一人でもできるようにします。でも何かあったら相談にのってください。」

「もちろんだよ。後、石橋さんも気にしてると言うか、僕の指導力を補ってくれてたから、僕がいない時は石橋さんでもいいと思うよ、他の人でもいいけど。」

「ちょっと石橋さんは、無理そうなので、他の人に聞いたりすると思います。」

「そう?」

「はい。」

あんなに言われてる私を見てて、何も思わないなんて、意外に嵯峨野さんへの指導も厳しかったのかな?
私がたんに嫌味にしかとらなかったとか?
分からない。

午後の打ち合わせも終わりにして、戻った。

あとは報告書を完成させるだけ。
細かく経費も出しておく。

夕方には十分終わると思う。

そして終わった。
でもさっき輪島君に声をかけたのに、今日はダメだと言われた。

「迫田と楽しんできて。」

何となく意味ありげな感じに言われた。

何で?

糸井君に聞こうと思ったら、聞いてただろうに視線をそらされた。

何で?

もしかして・・・いやいやいや・・・・この間年上勧めたくらいだし、そんな事はない、
うん、それはお互いそんな気がないのはこの間も言い合った。

待てよ、気を利かせて石橋さんも誘ってるとか?
勘弁してほしい、口の悪さを隠せない気がする。
本気で言い合いになるかもしれない。
もしくは完全沈黙の飲み会とか。
しょうがない断ろう。

「迫田君、今日だけど・・・・・。」

「ああ、僕終わったよ。行こうか。」

さっさと立たれてしまった・・・・・ひとり?

「あの、一人?」

「うん、元気ないから元気出そうって飲みに誘った。行こう行こう。」

何も言えない。
朝のため息の元はそこにいる。
それなのに、また誘われて、また何か言われる。
でも同期だから・・・。
言われるまま自分の席に戻って荷物を持って会社を出た。
気にならないわけない。

自分の背中に向けた誰かの嫌味が聞こえてくる気がする。
本当にため息が深くなりそう。

「迷惑だった?」

振り返って迫田君が言う。


「ううん、飲みたい気分かも。」

「だと思ったんだ。飲もう。」

何を思ったの?
もしかしてバレてるの?

連れていかれたのはビアバーで、色気も何もなかった。
ザワザワとうるさいくらいだし、ほぼ飲む目的の男性が多いところ。
まだ赤提灯とか高架下じゃなかっただけいいかも。
大きくて重たいジョッキで乾杯する。
明日も仕事だけど・・・・、まあ、いい。

「ねえ、時間かけてもしょうがないから、さっさと聞いちゃうんだけど、何かあったよね?」

「・・・・・。」

「金曜日、ちょっと酔ってたけど珍しい愚痴が聞けて。その前に女の先輩が僕たちの方に来ていろいろ話もしてたんだ。気がついたのは僕だけだったけどね。」

「・・・・・。」

それじゃあまだ分からない、暴露はしたくない、完全に尻尾を掴まれるまで。

「改札に入って手を振る天野さんの向こうにいたよ。ああ~って思った。割と分かりやすいよね、石橋さん。ちょっと確信持ちたくて探ったら、そうなんだってバレバレ。」

ああ、とうとう言われてしまった。
名前が出たらもうとぼけても無理だろう。
向こうが暴露したようなものだ。

「昨日明らかに不自然に天野さんの方見てた気がする。何かあっただろうなって思ってた。」

「天野さんは変わらないなあ。昨日の朝に声をかけた感じだと分からなかったもんなあ。」

やっぱり見られてたらしい。反応を観察されたらしい。
そしてなかなか女優だった私。

素晴らしい!

「参りました。」

認めよう。和央以外にも相談したい。

「ただ、きっとダメだと思う、昨日の夜も電話で喧嘩してしまったし。だから他の二人には内緒にしてて。きっとすぐに終わる関係だから。」

「そんなに元気がないんだから反省してるよ。でも喧嘩するんだ。二人とも冷静そうなイメージだったのに、考えられるような、ないような。」

「全然だよ、本当にみんな騙されてる。嫌味ばっかりの嫌な男だし、ぐちぐちと言って全然肝心のことが言えないチキンだし、人に説教するわりには自分はグダグダだから。大人感ゼロ。仕事は出来るかもしれないけど、人間出来てない。やってる事小学生レベルだし。」

ドンとジョッキを置く。

「おかわりね。でも明日もあるしあと一杯だけにしよう。悪酔いさせるわけにはいかない、明日僕が詰めよられそうになる。」

「きっと気にしないよ。」

「そんな訳ないよ。」

そう言って視線を合わせる。
向こうをかばってるような気がする
私をお元気にするんじゃなかったの?
一緒に文句に付き合てくれた方が元気になるのに。
取りあえずもう一杯だけ頼んでくれた。

「全然無理だった。やっぱり最初っから印象悪かったから。そのままだった。多分お互いに。」

「似た者同士なの?」

「何で?私はあそこまでこじらせないし。」

「さあ、それは向こうの意見も聞かないと。」

「元気づけてくれるんでしょう?」

「なんだか元気そう。スッキリしたでしょう?むしろ今頃僕が恨まれてそうだから、ちゃんと連絡してね。バレたって。」

そう言って笑われた。
そのために誘ったんだと言わんばかりだけど、まさか頼まれてないよね・・・・ないか。

「金曜日の最後の方、年上が何とか・・・・、それもそのつもりだったの?」

「うん、どうかなって、こっそり二人を誘うつもりだった。」

「いつ気がついたの?」

「なんとなく、ちょっと前。他に気がついてる人はいないと思うよ。大丈夫だと思う。」

「なんだか、分からない。こんなに合わないって思った人なんていなかったし。ずっと言い合いみたいなんだけど。向こうも楽しくないと思う。せっかく・・・・。」

「せっかく・・・?」

言わない。
せっかく一目ぼれしてもらえたのに・・・・なんて。

「迫田君はどんな感じ?今とか、今までとか。」

「僕は、そうだね。そんな激しい喧嘩ってないかな?十歳年下ってのも考えられないしね。」

「それはちょっとね。」・・・・中学生です。

そう思ったらちょっとびっくりした。
そうなんだ。十歳ってそうなんだって。
子どもじゃん!

「もっと長い目で見るっていうのはどう?」

話が逸れた気もする。教えてもらえてない。

「向こう次第。」

「待ってるんだ?」

何で?

「謝るのは男だって、年上だし当然だって期待してるよね。」

「だって急に電話も切られたし、絶対向こうが無礼だったから。私は自分が悪いと思ったら謝ってたのに。」

「なかなか冷静さを保てない相手なんて、向こうも困ってるかもね。だってそんなタイプは明らかに嫌いそうだよね。年下だからそんな反抗的なところも可愛くて許せるとかかな?」

可愛いとか言われても、何で今言うの?
この間、言って欲しいって思った時には全然だったくせに。
もちろんただの同期で一般的男性の意見としてだけど。
まさかここまで喧嘩っ早い奴って思ってなかったかもしれない。
割とさっぱりしてる感じでいたから。色気も女子力も抑えめでゼロに近いくらいで。

「あ~あ、やっぱり今頃うんざりしてるかも。」

「どうだろう?今だって携帯握りしめてるか、心配で既に連絡が来てたりするかも。」

「ねえ、・・・・・もしかしてわざと誘ったの?」

あの席で二人で行くと言ったら絶対『何だと!』って思ったと思う。
もしまだ関心持ってくれてたらだけど、思ってくれた・・・・よね?

「実はそうです。ちょっと気になって確かめたかったし。そうだったら少しは役に立つよ。」

そう言って笑う。

もはやいい人なのか、そうじゃないのか分からない。
いいの?こんな私みたいな小娘どころか、他の後輩にも試されてるなんて。
可哀想に・・・・。
あ、いや、自業自得です。

ビールが空いてお開きにした。
二時間も愚痴っていたらしい。

「ふぅ~、ありがとう、ちょっとはすっきりした。もう弟にしか愚痴れなくて、とうとう弟も相手にしてくれなくなったの。昨日の夕方、相談にのってくれたからお礼の報告したのに返事が来なくなった。」

「姉の恋愛の幸せ報告は聞きたくないかも。愚痴ならちょっとした社会勉強だよね。」

「相談したいのに。」

「本人にするのが一番。」

そう言われた。

「弟もそう言った。」

「じゃあ、男の意見はそうなんだと思う。外野の意見だけどね。」

「了解。もしかしたら電話する。」

「もしかしなくても連絡来るんじゃない?」

「・・・・・。」

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