うるさいアドバイスは嫌味としか思えません。意気地なしのアホとののしった相手はずっと年上の先輩です。
4虎の穴、敵の陣地、そこにおびき寄せられた私
「入って。」

そう言われて一応入ってみた。
当然そこは人の住処以外の何でもない感じだった。
隠れ家レストランとかバーとか、そんなお店じゃなかった。

薄々気がついてたけど改めて確信した。

普通の廊下が伸びてサンダルが一つ。傘が一本。鍵用のフックが一つ。

「ここは、石橋さんの家ですか?」

「他人の家の鍵を持つ意味が分からない。せいぜい彼女くらいだろうな。」

彼女の部屋?

「例えばだ。俺の部屋だ。上がって。」

何で?
訳わからない?
何でこの部屋に入らなきゃいけないの?
一応女性です、後輩です、他人です、後は・・・・鬼門中の鬼門。虎の穴、クマの穴、毒蛇の住処。

「残念だが・・・・期待するようなことは起こらない。」

しばらく意味が分からなかった。
ぼんやり考えてたら笑われた。

「何もしないってことだ。」

「はぁあ?誰が期待するんですか。本当にアホなんじゃないですか?地球が滅亡しても考えられないです。」

思わず悪態の続きがするっと出た。

「地球が滅亡しても俺とお前は生き残るんだ。」

さも面白いことを言ったように満足げに言う。

「ほら、入れ。」

さっさと歩いて行った背中を見送って靴を脱いでドスドスと足音を立ててやった。
ただ、下の階の住人に迷惑だと思って四歩くらい歩いて、静かな足音にした。
廊下の先は当然リビングで、五階からの眺めは・・・まあまあだった。
カーテンの開け放った窓辺に行って外を見た。
遠くに都会の明かりが見える。
ただ、ここがどこだかは分からないまま。

外を見ていた焦点を外してガラスに写る自分を見ると、自分の背後に敵がいた。
しまった、背後を取られた。
急いで振り向いて見上げながら、キッと視線を向けた。

「話を聞きます。さあ、早く、どうぞ。何でしょうか?目は覚めてますし、ちゃんと一度言われれば善処します。」

視線をそらされて背中を向けられた。

「そういえばコーヒー飲むんだったよな。今いれる。」

キッチンへ歩いて行きながら言う。


はぁ?
声は出ないが口が開いた。

そんな私の思いに本当に気がついてないのか、ご丁寧に二人分のコーヒーをセットして、のんびりと落ちるのを待っている石橋さん。
途中立ったままの私に気がついたらしく、ソファに座る様に言われた。

ソファに座り、時計を見る。

一体最寄り駅はどこなんだ?
まさか会社の駅に戻らなきゃいけないなんてことないよね・・・・。
恨む、そうしたら恨む。
暗い夜に一人で駅へ行かせて、駅から自分の部屋まで歩かせるのか?
さっきのちょっとだけふらついた足取りとどっちが危ないと言うんだ?
そう思ってるのに、のんびりキッチンでコーヒーをいれてる石橋さんにひとりイラついてしまう。

それは当然だろう、なんだって言うんだ。

部屋にコーヒーの香りが漂ってきて、やっとカップに入れて持ってきてくれた。
せっかくなので遠慮なくいただく。
牛乳を入れて欲しいが言うまい、ブラックで飲む。
かつてないほど頭は冴えわたってる。
いつでも始められるように戦闘態勢を整えてる状態。

理不尽と感じたら噛みついてやる。
噛みつくと言っても言い返すと言うことだ。

さすがに伝説第二弾はない、いや、第一弾も未遂だったし。

ゆっくりのんびりコーヒーを堪能してる石橋さんにさすがに限界を感じて、立ち上がった。
ビックリしたらしくちょっと体が斜めになって驚いた顔で見上げられてる。

「だから、早く話を始めてください。私は早く帰りたいです。ここがどこなのかも分からないのにのんびりしてたら、真っ暗な中、歩いて部屋に帰ることになるんです!!」

半分くらい残っていたコーヒーが手に持ったカップの中で揺れる。
こぼして謝るのは嫌だから、テーブルに置いた。

「ああ、もう、遅いみたいだな。」

はぁ?

「まあ、話しは明日でいいか。今日はそのソファで寝ていいよ。」

コーヒーを飲み切り、ちょっと待っててと勝手にまた背中を向けられた。
おちょくる、おちょくれば、おちょくるとき、おちょくってるのか~!
なんだおちょくるって、・・・・こういう状態を言うんじゃないの?
手に服を持ち戻ってきた石橋さん。

「これ貸してあげるから。先にシャワー浴びるけど、すぐ出てくるから、後は自由にしていいよ。バスタオルとか、後必要そうなものもだしとくから自由に使って。冷蔵庫もご自由に。テレビもどうぞ。話は明日、冷静なときに。」

完全に目が覚めて、冷静って言うにはちょっとだけ鬱憤が噴出したけど、それでもちゃんと聞くと、話を始めて欲しいと何度か言ったのに。
一体何がしたいの?
立ち尽くす私。
もうここから出て帰っていいのでは?
なんでここに大人しく寝ると思ってるの?

そんなに冷静な精神状態でと言われる程のダメ出しって何?
まったく理解できない。
こんな時に同期に女の子がいたら相談する・・・・かも。
仲良しとは言ってもさすがに先輩には言えない。
あんなに愚痴を言ったのに先輩に言えるはずもない。
同期の男の子にも、もちろん、おかしいでしょう?

敵の陣地に呼びこまれてるなんて誰に言える?
でも一人だけいる。
こんな状態でも相談できる人が。


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