美しい敵国の将軍は私を捕らえ不器用に寵愛する。
第5章仕事

仕事を始める

白起と一緒に暮らし始めて気付いた事だが、彼の仕事の仕方は異常である

今は、戦の真っ最中だが意外と軍の内部には雑事が多く、将軍も文官のような仕事をこなさなければならない。

魏冄が白起に会いに来たのも、内政についての相談が有ったかららしい。




しかし、問題なのはそこではない。

この白起という男は他人に仕事を任せる事が出来ないのだ。

そのため全ての事務を一人でこなしており、三日三晩寝ないで過ごす事も珍しくなかった。




そんなある日、私が目覚めると白起が机で眠っていた。

どうやら、あまりの疲労に眠ってしまったらしい。




私は白起の寝顔を見て、寝てる姿は王子様みたいなのになと思った。

そして魏冄の白起を支えてやって欲しいという言葉を思いだした。

少し不満はあるが正直、彼には感謝をしている。

今の私の平穏な生活は彼のお陰だからだ。

それに、最近の私は家事に慣れてきて少し暇をもてあましていた。

そこで私は彼の前にたまっている書類の山に手を伸ばし、整理を始めたのだった。

それから夕方まで整理を行い、大方の整理が終わった頃、白起が目を覚ました。




「何をやっている?」




白起は私が書類に触れている所を見ると、凄い剣幕で私をにらんだ。




しかし、私はその反応自体を予測していたので気にせずに作業を続けながら言った。

「積まれていた書類を、期限、性質、重要度に応じて分類しておきました。それと左によけておいたのはあなたが自分でやらなくても良いのでは無いかと思われる書類です。軽く目を通した上で、下の者に割り振るのが良いと思います。」




しかし、白起の怒りは収まらなかった。




「俺が聞いているのはそこじゃない。どうして俺が寝ている隙に俺の書類に手を出した?」

「だって起きている間には絶対書類に触れさせてくれないでしょう」




私は努めて冷静に言い返した。




すると白起は更に怒り言った。

「さてはお前。書類に何か不正をしたんじゃないだろうな」




私は書類を勝手に整理した事について白起が怒ること自体は想像していた。

だから白起に怒られても冷静に対処するつもりだった。

しかし、私を疑う白起の言葉だけは我慢できなかった。




「あなたが他人を信用しない事は知っているし、それはあなたの自由です。でも私を疑うのは筋違いです。私はやろうと思えばあなたを殺す機会だってあったんですから」




それを聞いて白起は冷静になったのか私に諭すような声で言った。

「お前の言い分は分かった。だが今後このような事はするな」




私は納得が行かなかったため手を止めずに白起に言った。

「なぜですか?」




すると白起は厳しい目で答えた。

「これは俺の仕事だからだ。」




「私はあなたの仕事を代わりにやった訳ではありません。あくまであなたの仕事が効率的になる様、整理しただけです。」

「いらない」

「どうして?」

「俺一人で十分出来るからだ」

「そんなの無理に決まってるだろ!」




私は思わず厳しい口調で叫んでしまった。




それを聞くと白起は驚いた様子で私を見た。

「あなたが人を信用しないのは自由だけど、少なくとも仕事は他人と分担すべきです。そうやって無茶してるとすぐに死にますよ」




すると白起は笑いながら言った。

「お前は言う事が大げさだ。そんな事で俺が死ぬと思うか。」




私は真剣な表情で答えた。

「死にますよ。私もそうでしたから」




そして私は自分の過去の体験を話し出した。




「私は高校を出てすぐに就職しました。もちろん、貴方ほどではないですが、これでもエース社員と言われて活躍しました。高卒だからって仕事が出来ないと馬鹿にされたくない。貧乏なせいで私の将来を潰してしまったと母に後悔させたくない。その思いが原動力でした。でも、対抗心が強すぎて人に任せられない私は、徐々に成績を落とし、それを取り戻すために必死に働いた結果、気付いたら私は会社で死んでいました。」




「それは大変だったな」

白起は優しげな顔で私の話に答えた。




「はい。転生した後はひどく後悔しました。結局、母を一人残して死んで行くという最大の親不孝したのですから。でもその後は、後悔している余裕なんてありませんでした。私は一人で生活する能力なんて無くて趙の国の人々に助けられてやっと生きる事が出来ました。でもそのお陰で気付けたんです。人は助け合って生きていて、自分が助ければ相手も助けてくれる。人は一人では生きていけないんだってことに」




白起は私の話をじっと静かに聞いていた。

恐らく何かを考えているのだろう。




だから私は白起に近づき白起の手を握っていった。

「いきなりは難しいでしょう。だからまずは私を頼って下さい」




白起は観念したように言った。

「分かった。よろしく頼む」
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