美しい敵国の将軍は私を捕らえ不器用に寵愛する。
第8章追放

望まない来客

あの一件以来白起は以前にもまして私を側に置くようになった。
そのためたとえ重要な軍議であっても白起の横には私が座るようになり、私は愛人から軍師に出世でもしたのかと兵士達にからかわれた。

そして軍を趙の都へ進軍させるために軍の再編を行なっていると、秦国から使者がやってきた。
私達は魏冄が来たのだと思い出迎えたが、現れたのは見たことが無い男だった。

「始めまして。私は范雎と申します。」

白起は范雎を見るとにらみつけて言った。
「自己紹介などいらない。それより魏冄はどうした?」

すると范雎は平然と答えた。
「魏冄殿は解任されました。今は私が新しい秦国の宰相です。」

「魏冄が解任だと」

「はい。あの方は、国のことを考えず私利私欲のために数多の悪事をなされていたので当然です。」

「悪事?あいつがか?確かに賄賂は好む男だったがその分、結果は出し続けてきただろう。」

しかし、范雎は取り付くしまの無い様子で答えた。
「王が決定された事です。あなたに反論する資格はありません。そして今からあなたに命じます。全軍を率いて撤退しなさい。」

白起は驚いて言った。
「撤退だと?なぜだ。このまま進軍すれば間違いなく勝てるのだぞ。」

「理由は二つです。まず第一に秦国は今は飢謹により国民生活が困窮しています。今は戦より国政に集中すべきでしょう。第2に今後秦国は従来の戦略を変更し遠交近戦という戦略をとります。よって趙国とは同盟を結ぶつもりです。」

「遠交近戦?なんだそれは?」

すると范雎は得意げに言った。
「私が考えた新しい戦略です。遠方の斉や趙とは同盟を結び、韓や魏を叩くのです。」

それに対して白起は笑いながら答えた。
「これは面白い。確かに合理的な策だ。お前はさぞ将棋が強いのだろう。しかし、それと戦は違う。今趙を滅ぼせば必ず秦は天下を統一できる。これはお前のような理屈ではなく、経験則から来る確信だ。こんな事も分からないようならお前に戦は無理だ。さっさと魏冄を呼び戻せ。あいつは理屈ではなく現実が見えている男だ。」

これに対して范雎は自分の策を馬鹿にされて腹を立てたのか白起を怒鳴りつけた。
「そうか。分かった。ならばお前は解任する。今後は将軍も私が努める。」

「俺を解任だと」
白起は驚き言葉が出ないようだった。

范雎はさらにたたみかけるように言った。
「まだ人を殺したりないか。この戦闘狂め。捕虜を生き埋めにするなど人間のやる事ではないぞ。全く。魏冄は気でも触れたのではないか。こんなどこの馬の骨とも知れぬ男を将軍などにしおって。見た目からして明らかに蛮族のそれではないか。」

私は我慢の限界だった。
白起が大切にしていたものを平気で踏みにじり、白起の苦労も知らずに白起を馬鹿にするこの男が許せなかった。

「あなたに何が分かるのよ」

気付いたら私は彼の頬を思いっきりビンタしていた。

范雎は始め驚いた顔を見せたがすぐに冷たい目に戻り言った。
「宰相たる私に手をあげるとは。死罪だ。殺せ。」

周りの兵士は少し躊躇った様子で刀を握った。
すると白起が椅子から立ち上がり、頭を下げていった。

「俺が悪かった。あなたの命令にも従う。だからこの女は見逃してくれないか。」

すると范雎は言った。
「白起。まさかそれで謝っているつもりでは無いだろうな」

白起はそれを聞くと目を見開き、今度は土下座をして言った。
「この通りだ。許してくれ。」

私はつらくて、悲しくて白起の事を見ていられなかった。

すると、范雎は笑みを浮かべて言った。
「白起ともあろうものが無様だな。荷物を片付けて、すぐに秦に戻れ。」

私と白起は范雎の命令に静かに頷いたのだった。





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