限定なひと

「き、清住(きよすみ)くんっ!?」
「……はい?」
 助手席のシートベルトと格闘し終えた私の目をくぎ付けにしたのは、運転席の彼の顔にそっと添えられた、滑らかな漆黒の物体。
「あ、あのっ」
 私の動揺を孕んだ声に、彼は僅かに不快感を滲ませた視線だけで返事する。
「清住くんって、悪かったの?」
「悪いって、何がですか?」
 私は尚もそれに釘づけになりつつも、上ずりそうな声を何とか落ち着かせた。
「め。視力」
 ああ、これ? と、彼はそれを外しながら至極つまらなそうに言う。
「コンタクト、だったんだ」
 私は動揺を隠すべく、極力笑顔で平常心を心がける、けど。彼は、ますます胡散臭いものでも見るかのように、眉間に不快そうな皺をよせた。
「いや。普段は裸眼ですけど」
「ら、裸眼っ!?」
 裸眼なんて単語、久々に聞いた。でも、今の彼には妙に似合う言葉だから、何だかとっても困る。いや今の彼なら、裸子植物でも壮絶に艶っぽく聞こえるに違いない。
「なに顔真っ赤にしてるんですか?」
「は、へ? あ、いや、あのっ」
 思い切り挙動不審な私を横目に、彼はエンジンキーを回しながら吐き捨てるように呟いた。
「運転する時とかだけですよ。こんなもん着けるの」
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