限定なひと

 学校とも家とも違う方向に位置する彼の家は、左右の家とせめぎ合うようにして建っていた。今で言う『狭小住宅』と呼ばれるもので、そのくせ凝った門構えのモダン和風な佇まいが妙に印象的だった。
 狭小ゆえ、だからだろうか。彼の教室は大部屋で並んで指導する従来のものとは違い、四畳半の洒落た和室で時間ごとに一人ずつ(兄弟などはまとめてだけれど)マンツーマンで指導するタイプ。今でこそよくあるけれど当時ではかなり珍しい形で、やはり眼鏡と同じく、彼はかなり先見の明があったらしい。
 私の主な仕事は、師範のお道具の用意と片づけ、次の生徒が来るまでの清掃など、本当に簡単な裏方作業。
 一応、生活圏内の清掃も、と言われたけれど、その必要は皆無に思えた。彼曰く『野郎の気ままな独り暮らし』にしては不自然なほど小奇麗に整った邸内。その謎はぼんやり解けていた。時たま目の端に飛び込んでくる、ゴミ箱の中の電線したストッキングや、筆を洗っている洗面台に置かれたコップの中の二本の歯ブラシとか。それらを目にする度、あの能面を張り付けたような顔が頭を掠めた。
 教室は基本、午後の部と夜の部に分かれていた。私は午後の、それも学校が終わってからだから、後半から夜の部の前半。実働二時間にも満たないアルバイトだったけど、バイト料は当時の高校生のそれと比べれば破格に良かった。
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