限定なひと
「あの、笑わないでほしいんですけど。俺、今かなり追い詰められてるんですから」
 彼の手の中にあるこっくり艶のある黒縁眼鏡に、私は改めてじっと見入る。私のために、していた、もの。
「……あの、美智留さん。俺って、気持ち悪くないですか?」
「はい?」
 なんで急に、そんなこと聞くんだろう。
「だって、俺、ずっと貴女の事、追っかけてたんですよ?」
「……追っかける、って」
 彼は俯いたまま頭をひとしきりガシガシとかきむしると、覚悟を決めたように顔を上げた。
「俺、職場をあそこに決めたのは、貴方が居たからなんです」
「え?」
 あーもー、うわー、恥ずかしいっ! なんて、喚く彼を私は呆然と見ていた。どういう、こと?
「こんな言い方したら、すげぇ感じ悪いですけど。正直、俺の学歴であそこの会社って、……おかしいでしょ?」
 至極当然に頷く。もちろん、私以外にも由美さんを始めたくさんの人が不思議がっていたことだ。
「本当は別の……、いや。家業を継ぐ事が既に決定してたんですけど、俺はとにかく、その、美智留さんの、傍に行きたくて、……それで、だから」
 普段からは想像もつかないほど、すごく歯切れの悪い口調の彼を、ついまじまじと見ると、彼の顔がありえなくらいに赤くなっていく。
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