クールな御曹司の本性は、溺甘オオカミでした
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千石くんが出社してきてから二日、噂は社内をひっそりと流れている。この噂には妙な付け足しが入ってしまった。
『千石孝太郎は秘書課の横手愛梨と直属の上司の阿木真純に二股をかけていたのではないか?』
横手さんが総務部で私に食ってかかった事件が蒸し返され、今回の婚約騒動で表沙汰になった形だ。
事実とは反するけれど、当のふたりが沈黙を守っている以上、私に弁明する機会はない。そもそも、噂の真偽を本人に聞いてくる人間もいないので、私は社内を駆け巡る噂の只中にいながら特に対処もしていない。
秘書課の泉谷さんは事情を知っているので、私に気にするなと言ってくれたりするけれど、私もダメージを受けている様子は見せたくない。強がって、にこにこ笑って見せるだけだ。
この日は、定時ぎりぎりに探し物があり、私と持田さんは資料室にいた。そこに山根さんがくっついてきている。自分の仕事が終わったから手伝うと言っているけれど、本音は違うのだろう。
「千石さん、何か言ってきましたか?」
ほら、この話題だ。山根さんが聞いてくるので、私はゆるく首を振った。千石くんは私本人にも何も言わない。噂を知らないわけはないと思う。だけど何も言ってこない。
いや、私と彼とはもうなんの関わりもない。自分の婚約の話などする必要はないのだ。
「私、千石さんに話してみようかな…」
思い詰めた表情で持田さんが言いだした。思わぬ言葉に、私がぎょっとしてしまう。
「真純先輩にあれだけ言いよっておいて、何も言わず婚約でしょう?真純先輩も巻き込んで噂になっているのに、謝罪もなしだなんて。人として問題があると思います」
「持田せんぱーい、それはちょっとルール違反かもですよー」
山根さんが唇を尖らせて、割り込んでくる。