ハーモニーのために
調和
しばらくして光が収まった。ふと外を見てみると、いままで私がいた街は跡形もなくなっていた。代わりに、レンガ道が果てしなく続いていた。その中にこのアンティークショップはぽつんと建っていた。

「さあ、これから客がどんどん来るぞ。あんた、相手する準備をしときな。」

老人は台から降り、店の奥へと姿をけしてしまった。私がそれにたいしてどういう意味なのかと聞く暇もなく、店のドアが大きくノックされた。急いで振り返るとそこにはクラシリア王国でであった騎士たちが立っていた。私は戸を開けると同時に彼らは肩を怒らせて入ってきた。

「これはどういうことだ!!楽譜が盗まれたと思ったら王宮までめちゃくちゃだ!陛下が憤慨しておるぞ!」

「お言葉ですが何の話だかさっぱり分かりません。こちらには関係ありません。お引き取りお願いします。」

私がどんなに丁寧に断っても、騎士たちは怒鳴り声をあげた。私が何をすればいいのかわからなくなり、店の奥に目をやったが、老人は助けに来るようすを見せなかった。あの調和の楽譜をあそこに入れたのが悪かったのかしら。そう考えながら騎士たちをなだめていると、別の来客が店に押しこんできた。

「ジャブルーの町を返せ!!何するんだこらっ!」

次は馬にまたがった黒人たちが鞭を振り回してやってきたのだ。あたりはごった返しになり、騎士と黒人たちが怒りながら争っていた。私は一人ではもう手に負えなくなり、頭を抱え込んでいた。それに加えてバーで見たモヒカン頭の野郎たちが騒ぎをさらに拡大しに来たのだ。お互いを殴り合い、店にあった商品を投げ、ひどい争いになった。私は店の中から人を追い出し、戸を閉めてしまった。ただちに喧騒は途絶え、静かな世界を取り戻せた。私は壁にかかっていたHarmonyの楽譜をケースごと取り外し、胸に抱きかかえた。このままどこか別の場所に行きたい…。すると、どこからか懐かしい声が聞こえた。同時に息をのんで体が硬直した。

「モニカ。久しぶり。あの時は、本当にごめん。」

涙が出そうなのをこらえて、ゆっくりと振り返るとジャックの姿があった。茶色い髪は力を失い、緑の目は悲しみを宿っていた。

「僕はほんとうに愚かだった。君を傷つけるなんて、最悪な男だ。でも、君がいなくなって気づいたんだ…」

「もうそれ以上言わないで!」

私は思いっきり叫んだ。それ以上聴きたくない。聴けば、きっと私は彼を許してしまうから。そして、この世界をめちゃくちゃにしてしまう気がしたから。

「モニカ、あの時僕がしたことは許されないことだけれども…」

「私は!私はもうこんなのうんざりなの。お願いだから、みんな仲直りして…。」

少しの間をおいて、ジャックは私の元へと歩み寄った。

「わかったよ、モニカ。ぼくはもう君には背かないよ。今からその曲を奏でよう…」

そういってジャックは店から出ていき、喧騒を目の前に叫んだ。

「おおい!みんな!俺の話を聴いてくれ。このままでは何も元に戻らないぞ。今、すべてを元に戻す力を持っているのはモニカだけだ。モニカの言うことを聴かない限り、ここで争いあっているのは無意味だ!」

ジャックの説得を聴き入っていた集団が、一挙に店の中にいた私に視線を移した。私はケースに入った楽譜を落とさないようにしっかりと抱きしめ、店の外へ出た。

「今からみんなでこの楽譜通りに歌ってもらいます。みんなが力を合わせないと、一生このままです。」

クラリシアの手下たちも、黒人たちも、喧騒を見に来たクラブの遊び人たちも、みんな静まっていた。すると、アンティークショップから白い指揮棒を持った老人が出てきた。彼が棒を振りだすと、音が奏でられた。ジャブルーの町で出会ったバーテンダーのニールが、アンティークショップのわきに置いてあったピアノを弾いていた。最初は繊細なクラシックの音から始まり、徐々ににぎやかなジャズの音が混ざり、最後は踊りだしてしまうぐらい激しい音楽が奏でられていた。みんなが揃って自分の音楽を表現し、けれど主張しすぎず、美しい調和が生まれた。私ははじめて聞く調和のとれた音楽に感動し、涙があふれ出した。
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