冷徹皇太子の溺愛からは逃げられない
侯爵令嬢の憂鬱
 王都から馬車で三日あまりの所にある、自然豊かなリシュレー地方は、今一年の中で最も心地よい季節を迎えていた。

「いよいよね、フィラーナ。それにしても、本当に美しく育ったこと。王太子殿下のお目に留まること、間違いなしだわ」

 ここを領地として治めるエヴェレット侯爵の広大な屋敷の一角、応接室からは、バートリー伯爵夫人の上機嫌な声が聞こえてくる。

「伯母様。そんなに期待されると、気が重いです」

 伯爵夫人の向かいに座し、柔らかく微笑むのは、淡い黄色の上品なドレスに身を包んだ、エヴェレット侯爵家の長女、十七歳のフィラーナ・エヴェレット。

「もっと自信をお持ちなさい、フィラーナ。あなたほど美しい令嬢はいません」

「でも、伯母様。花嫁候補は私の他にもいるのでしょう? それも、名だたる名家のご令嬢ばかりで。私みたいな田舎育ちの女、きっと王太子様に振り向かれることなく、ここに帰ってくることになると思います」

「いいえ、そんなことはないわ。いつも言っているように、謙遜も大事だけれど主張しすぎないのも良くないのよ。あなたは堂々と振る舞っていればいいの。それに、家庭教師の話によると、外国語も教養も礼儀作法も、申し分ないというじゃないの。本当に素敵なレディに成長して、天国のお母様も喜んでいらっしゃるわ」

 意気込む伯爵夫人に対し、フィラーナは困ったような笑みをこぼす。伯爵夫人は父の姉にあたり、幼い頃に母を亡くしたフィラーナをずっと気にかけてくれていた。本当の娘のように可愛がってくれた伯母が自分に期待する気持ちはわかっているが、フィラーナは自分が選ばれるなど微塵も考えてもいない。しかし、少しでも後ろ向きな発言をしようものなら、夫人から自信を持つように諭され、しかもそれが延々と続くので、最近は相槌を打って流すようにしている。

「そうですね、出来るだけ頑張ってみます」

 フィラーナの微笑みに伯爵夫人はようやく安堵の息をつき、紅茶の入ったカップに口をつけた。

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