フィアンセは恋わずらい中

 15坪ほどの店舗はパリの街角をイメージしていて、赤い看板と煉瓦タイルの外壁は彼女のこだわりだ。営業中、店頭に出している赤い自転車も、今はまだ店内でひっそりと出番を待っている。
 店の奥に設けた休憩用のテーブルに、朝食のグラタンバケットを置き、コーヒーをひと口啜った。


「……朝日屋?」

 今朝、店のポストに入っていた郵便物は、国内最大手の朝日屋パンからだ。しかし、紗夜とはなんの繋がりもなく、首を傾げる。
 彼女はペーパーナイフで封を切り、入っていた三つ折りの白い紙を取り出した。


【BOULANGERIE mon ange 店主 松岡紗夜 様

 秋冷の候、ますますご発展のこととお慶び申し上げます。先日お知らせしました通り、この度弊社新店舗計画におきまして、貴店を含む一帯の再開発を実施することになっております――】

(えっ、この店はどうなるの? 先日って、いつの話? なにも聞いてないけど……)

 動揺を隠せず、紙を持つ手が震えてくる。

 回答期日は10日後。
 それまでに、再開発に伴う立ち退きに同意するかどうか、決めなくてはならなくなった。

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