凛々しく、可憐な許婚

ハニートラップ

「俺が君との婚約話を聞かされたのは15歳の時だ」

尊は、ふらついた咲夜をソファに誘導すると、自分も隣に腰かけて、そう語り始めた。

「咲夜には、数人の許婚候補がいて、その中でも俺が最有力候補だった」

"いつの間にか"咲夜"と呼び捨てになっている"

この家に戻る車の中で、うっかり眠ってしまった咲夜を起こすときに

"咲夜"

と尊が呼んだのは気のせいではなかった,,,。

咲夜を見つめる尊の表情は優しく、先ほどまでの強引さはない。

「写真と釣書を見て、俺は君に興味を持った。だけど直接会う機会はなかったから、話はうやむやになりそうだったんだ。だから一年後に、インターハイ予選で君と同じ競技会場になったと聞いたときには柄にもなくウキウキしたよ」

尊が咲夜の両手を握ってうっとりと言った。

「君とすれ違って目が合ったとき、そして、君が的前で弓を構え矢を射る姿を見たときにはもう、俺は君に落ちていたんだ」

咲夜が、尊に対して淡い恋心を抱いたのも、尊が高2の時のインターハイ、今まさに尊から語られている場面だった。

そんな昔から二人の気持ちが重なりあっていたなんて偶然にしても出来すぎている。

現に、この10年間、二人の間柄にはなんの進展もなくここまで来ているのだ。

「だからって、そんなに長い間、先輩が私を思い続けて下さってたなんて信じられません」

咲夜がそう言うと、尊は照れ臭そうに

「実はそのあとすぐに、父を通じて『今すぐ君との婚約を正式なものにしてほしい』と君のお祖父様に願い出たんだ」

と衝撃の事実を述べた。

「咲夜のお祖父様とお義父様は、俺の父親と親しい関係にあるから、俺の申し出もすんなり聞き入れられると思っていた。だけど予想に反してお祖父様は、咲夜との結婚にある条件をつけてきた。俺だけじゃなく、他の許婚候補も優秀な者ばかりで、婚約話を引き受けたいと申し出る奴等も多かったから」

尊が昔を思い出したのか、ふーっとため息をついた。

尊の話によると、その条件は以下の5つ。

1.弓道の"錬士"以上の資格をとること
2:教員資格をとること
3:MBA(master of administration:経営学修士)をとること
4:飲む(アルコールに溺れる)、打つ(賭け事)、買う(女遊び)をしないこと
5:目標に達するまで、自分からは咲夜にアプローチしないこと

たった5つと言っても、5番目以外はとてつもなく難しい。

実際に達成するには心身ともにかなりの精神力が必要だったに違いない。

お祖父様が

「恐れ入った」

と、言ったのも当然のことであると咲夜は思った。
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