エリート弁護士と婚前同居いたします
「俺と本気で付き合ってほしい」

 私の髪をそっと撫でながら彼が言う。その低い真剣な声に力が抜ける。
 どうしよう、どうしたらいい? 腹がたつこともイラ立つこともあるけれど、きっと私はこの人を嫌いじゃない。だけどそれがきちんとした恋心なのか自信がない。自分の気持ちがわからない。

 だってつい数日までは彼の存在すら知らなかった。こんな出会いは知らない。こんな突然過ぎる付き合い方はしたことがないからわからない。しかも同棲だなんて。

 付き合ったら自信がなくて、きっと何度も彼に自分への気持ちを確かめてしまう。一緒に暮らしてまでそんなことをしてしまったら疎まれないのだろうか。彼が私に向けてくれている『好き』は一体どの程度のものなのだろう。

 友人としての『好き』ではないのはわかる。でも彼の気持ちの重さがわからない。それを知ったから何かが変わるわけじゃないだろうけど、気になってしまう。
自分は彼の告白にさえ、応えていないというのに。勝手な言い分ばかり。そして何よりもこの状況についていけない。

 私の戸惑いがわかるのかほんの少しだけ身体を離した彼が甘く笑んだ。
「告白の返事は今すぐじゃなくていい。お前が戸惑う気持ちもわかる。だからこそ俺と一緒に暮らして俺を知って、返事をしてほしい。同棲は絶対に譲らないから」
「え、あ、うん」
 どう返事していいかわからずに、私は頷いてしまう。

「言質はとったから、もう撤回は無しな」
 ニヤリと彼が意地の悪い笑みを浮かべる。
「俺の職業、弁護士だから」
 さらりという彼。
「ちょっと待って! 今のはナシ!」

 慌てて瞠目する私の髪をまた撫でて彼がクスクス笑う。文句を言いたいのにうまく言葉が出てこない。すっかり彼のペースに巻き込まれている。

 ああ、もう、本当にどうしたらいいのかわからない。どうして彼がここまで私を大事にしてくれるのかわからない。誰か第三者に尋ねたいくらいだ。
 私なんかを選ばなくてもこの完璧な人は引く手あまたのはずなのに。今さらながら『好き』という言葉の重さを感じる。『好き』だけで突っ走っていけるような、そんな年齢ではもうないのに。そんな夢見がちな少女時代はとっくに過ぎたのに。

 彼に身を任せてもいいのだろうか。そんな疑問が改めて私の心に小さな影を落とした。
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