手の上に褒め言葉を


 さて、そろそろ本当に時間がない。新幹線に乗り遅れるなんて幸先の悪いことはできない。

 名残惜しく青沼の手を離し、顔を上げる。もう青沼の表情には、怒りや憤りは欠片も残っていなかった。いつも通り、会社でよく見る、わたしが片想いをしてきた「青沼大地」の顔だ。きっとわたしも、いつも通りのありきたりな「春川行海」の顔をしているだろう。

 そのおかげでわたしは。わたしたちは。

「じゃ、お疲れ~」

「おう、またなー。連絡するわ」

「あー、うん、分かった」

 やっぱりいつも通り、まるで終業の挨拶をするように軽く手を上げ、歩き出した。


 改札を抜けると、さっき青沼の唇が触れた手の甲が、じぃんと熱くなっているのに気が付いた。
 その手を大事に大事に胸に抱き、そっと撫でてみたら、撫でた指先から腕、腕から首筋、首筋から全身に、熱が広がっていく。青沼からもらった褒め言葉が、全身に広がるのだ。

 それがなんだかくすぐったくて、思わず噴き出す。
 そんなわたしの笑みなんて誰も気にしてはいないだろうけれど。青沼からの褒め言葉はわたし一人のものにしておきたい。誰にも見せずにしまっておきたい。

 だからわたしは人混みに紛れ、出発間近の新幹線に乗り込んだ。





(了)
< 8 / 8 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:11

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

すきとおるし
真崎優/著

総文字数/17,307

恋愛(純愛)21ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
わたしの時間は二年前から止まったまま。わたしの身体は二十七歳になったというのに、心は二十五歳のあの日のままだ。 実感のない、感情のない死が、これほどまでに大きいものだとは。 死というものが、これほどまでに透き通ったものだとは……。
立ち止まって、振り向いて
真崎優/著

総文字数/10,423

恋愛(ラブコメ)9ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
悲しいくらいにわたしを異性として意識していないあの人は、わたしが今夜先輩の部屋にお邪魔したと言ったら、どういう反応をするだろうか。 先輩の部屋を訪ねた理由を「立ち止まって振り向きたかったからだ」と話したら、どう返すだろうか。 きっと大笑いは見られない。 恐らくいつも通りニュートラルな様子のまま「おまえはいつも変なことをするし、変なことを言うね」と、呆れた様子で言うだろう。
叶わぬ恋ほど忘れ難い
真崎優/著

総文字数/44,288

恋愛(純愛)47ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
※更新中※ この恋は、わたしが初めて経験する本気の恋だ、と。すでに気付いていた。一生で一度、あるかどうかの、本気の恋だ。 でもこの恋心は、決して知られてはいけない。成就もしない。それもすでに気付いている。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop